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2009-03-10 Tue
明日3月11日は、「満月」である。
手帳を見た後、そう気づいて空を見上げるとやっぱり今晩の月も美しい。
時々、以前コーチをした人から連絡が来たりする。
近況や最近の出来事を含めて、色々と伝えてくれるので、最近のその人に何が起きたのかを知ることができる。
結婚、出会い、出産、転勤、昇格、資格の取得、病気、最近の悩みなど様々である。
コーチをした相手からいいニュースを聞けば、「それは良かった!」と何だかこちら側も嬉しくなるし、
悩みや問題だと「何とかうまくいい方向に進んでいくといいのに..」とあれこれ思ってしまう。
私自身、もともと人間が好きなのだと思う。
その人の「生き方」とか「考え方」に興味をひかれる。
例えば、その人がどのようにして、自身の「課題」を乗り越えるかということなど、注目してしまう。
その点、今の仕事は私の性分にフィットしているのかもしれない。
さて「満月」である。

以前人から「満月の時に願いごとをするといい」とか、「女性は月を見ながら大きく息を吸って深呼吸し月のエネルギーを浴びるといい」という話しを聞いたことがあり、気づいたときには実践している。
運気があがりそうなもの、縁起をかつぐものなど、大好きだからである。

そのせいなのか、私は自分自身を「運の良い人間」と思い込んでいる。

でも、人生を生きていくうえでは、この「思い込み」とっても大事だと思う。
私たちは、いずれにせよ、自分が信じた世界の中でしか生きられないものだし。
明日は、満月を眺めながら、私と周りの人のHappinessを祈ることに。
今何か「願いごと」がある人、どうぞ明日の夜、お試しあれ。

by bandoh
コーチング : 18:31 : comments (x) : trackback (x)
2009-03-06 Fri
友人が最近出会った男性は、背の高いアメリカ人である。
都内で働くビジネスマンで、シャイでとても優しい人らしい。
彼は先週末、教会へ行き、今週末も教会へ行くそう。
その話しを聞いて、ふと思った。
「日本人の仏教徒は、なぜお寺に通う習慣がないのだろうか?」
亡くなった祖母は、信心深い人だった。
毎朝必ず仏壇に向かって座り、「お経」を上げていた。
ずいぶん前、祖母と一緒に住む叔母(祖母からすれば嫁)が、40代で亡くなってしまったとき、お坊さんが来て「お経」を上げてくれた。
お坊さんはまさか、檀家の若い嫁が亡くなったとは思わなかったのだろう。
玄関に入ると、ご愁傷さまでしたと言い「本当に信心深い、いい、おばあさんでしたねぇ.....。」と続けた。
家族はギョっとして固まったが、後ろからヌっと祖母が「私は生きております。」と出てきたときには、お坊さんはもっと固まっただろうと思った。

お坊さんが「お経」を上げているとき、祖母もその「お経」と合唱するように、心を籠めて大きな声でお経をあげていた。
その低く朗々とした声は年齢に似合わず立派だった。
またお坊さんよりも、祖母の息が長いためなのか、お坊さんの息が途切れて息を吸っている間、お経が止まっても、祖母のお経は止まらない。
仕方が無いので、お坊さんは祖母のお経に合わせて付いていく。
それが何度か度重なると、お坊さんもさすがにバツが悪いのか、やりにくいのか、軽く促すような「咳払い」を”コホ"っとする。
しかし、祖母は全く気づかないのか知らんぷり。お経をエンエンと、まるでトランスに入ったかのように続ける。もしかしたらお気に入りのお経の一つかもしれない。淀みなく、美しくお経は続く。
そんな信心深かった祖母も、お寺に定期的に通うことはなかった。
なぜ、キリスト教徒は教会に定期的に通うのだろう?
TVや映画を観ていると、教会では、牧師/神父さんが聖書から「説教」を行い、信者は神を讃え感謝するために賛美歌を歌い、祈りをささげている。
また、別の場面では、信者が教会の小部屋で窓を挟んで神父に告白し懺悔を行っている。
考えると、そこには、「教える側と教えられる側」、「許す側と許される側」、「戒律を与えるものと戒律を守るもの」といった、明確な立場と定義があるような気がする。"厳しい上下関係"というのか、"絶対的な存在として神"がある感じ。いずれにしても、平等な立場じゃない感じ。(まぁ神様とですから当たり前なのでしょうが)上から与えられるような愛でしょうか。
その点、日本の仏教は、何だかもう少しゆるい感じがする。
人間が死んで「仏様」になっていくのだから、神様といってもキリスト教で考える神様とは違う。
キリスト経は、絶対なる神様が自分の外側にいて、仏教の場合は、神様が自分の中にあるような感じ。
しかも仏教も神道も、神様を1人とは考えていないし、1人の神様が全てをコントロールしているとはしていない。
神様が自分の中にあると書くと何だかちょっと語弊はあるが、
例えば禅問答のように、中庸な心を保ち成長するために、自分に問いかけて自分で思考し発見するプロセスがある。
その点、キリスト教の場合は自らが考えるというよりも、神から戒律を与えられその教えを生きるというイメージが強い。
誤解を招く表現かもしれないが、「仏教は宗教というよりも、もっと心理的なもの-心理学に近い」ような気がする。
だから社会が成熟して豊かになれば、人々の悩みはサバイバルなものから、もっとウツとか心理的なものになるので、戒律を説くキリスト教よりも仏教の方がフィットするのではないだろうか...。
話しは拡散してしまったが、「なぜ日本人はキリスト教徒のようにお寺に通わないのか?」
現段階では、漠然と「一神教ではないから」とだけしておこう。
今度、詳しい友人に聞いてみよう。
by bandoh
徒然なるままに : 17:53 : comments (x) : trackback (x)
2009-03-03 Tue
仕事で色々な会社に訪問していると、日頃、耳に入ってこない情報が入ってくることがあります。
つまり、あまり興味がなく、そこに向けて"アンテナ"を立てていないため、入ってこない"有益な情報"が、入ってくるということです。
例えば最近、有益と感じた情報に「ガン保障特約付住宅ローン」などがあります。
私の場合、6年位前に住宅を購入しているので、当時この「ガン保障特約」というものが、住宅ローンに付加されていませんでした。
しかしながら、某金融機関の教育を担当していることで、2年ほど前に、この"商品"の存在を知りました。
もしかすると、この「ガン保障特約付住宅ローン」よりも、「三大疾病保障特約の住宅ローン」をご存知の方が多いかもしれません。
(昨今では七大疾病などもありますが)
私の場合は、6年前に住宅を購入した際、提携した「住宅ローン」の契約後は、定期的に銀行から返済額の案内が郵送で届いているものの、「完了」してしまったこともあり、すっかりそのことについては考えなくなってしまっていました。(大体がのど元過ぎると"無頓着"なんです。)
いちいち意識して書類をしっかり読んでいない。
しかし一昨年の年末、研修に参加している男性が、
「三大疾病保障特約の住宅ローン」について説明をするのを聴いて、
「えっ!!!!!」というショックを受けました。
「住宅ローンに三大疾病の特約がついている!」
「ガン、心筋梗塞、脳卒中になったら、住宅ローンが完済される!!」
「そんなにいい保障は、私の住宅ローンにはついてない!」
「亡くなった私の父方の祖母、父はガンにかかっていた..」
「私は、祖母と父の体系・体質とよく似ている.....」
「ある医者が人が死ぬ原因の90%以上遺伝的なもの、両親と同じ病気で死んでいると言っていた」
「私がガンになる確率は高い....」
その後、しばらくして、私は「住宅ローン」を契約している「某銀行融資課」へ問い合わせました。
しかし、残念ながら、その時点では、その銀行で三大疾病保障を住宅ローンには組み合わせておらず、切り替えは出来ないと言われました。
そうなると、また新たに銀行に出向き、住宅ローン申請をしなくてはなりません。
はぁ~、あの面倒な手続きを再び繰り返さなくてはならないのか....。
元々が面倒臭がりの私は、"まぁいいか.."でしばらく放っておきました。
が、しかし、何回も仕事でこの商品について、耳にしていると、警笛のように、"早く見直せ"、"早く見直せ"という声がこだまします。
ようやく、重い腰を上げて、"この道のプロ"の方に頼み、どこの金融機関がもっとも私の希望と合致しているのかを、教えて貰うことにしました。
じゃじゃ~ん。
結論としては、四谷にある「地銀さん」をご紹介頂きました。
よって、
★過去の住宅ローン
変動金利で年利で2.375%
ガン特約なし
★新に結んだ住宅ローン
10年固定の金利で1.9%
10年後0.1%の金利優遇措置あり
ガン特約あり
という条件となり、おかげさまで"年利も下がり"、"ガン特約"も付き、面倒臭かったけれどトライして良かったと思いました。
(うちの旦那さんからは、「え~、そんな面倒なことまたするの!!」と散々言われましたが。)
ちなみに、一緒に仕事しているメンバーの1人は、私の話しを聴いて、何と私より一足早く住宅ローンをサッサと切り替えてしまいました。
しかしながら、個人的に思うこととして、
こういう病気になったり、困ったときに、わずかな掛け率で、住宅ローンという責務を肩代わりしてくれるような保険というのは、「社会的な使命が高い」と思います。こういう商品は、熟成した社会(助け合いの精神がある)のもとで、生まれるものだと感じます。
わざわざ、ブログに書いてしまいましたが、
こういう商品は皆さんに「告知する価値のあるもの」だと思っています。
では、また。

by bandoh
徒然なるままに : 19:42 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-25 Wed
文芸春秋から出されている「佐藤愛子」さんのエッセイ-「わが孫育て」-を読んでいて、佐藤さんが石破農林水産大臣のことが好きだということを知った。(もっとも佐藤さんが文面を書いたのは04年1月28日の週刊文春で、石破さんが防衛庁長官だった頃ですが)
そして、佐藤さんが石破さんをひいきにしているという一文を読んだときには、意外というよりも"やっぱり..."という感じがしました。
私も、「石破大臣」のことが好きです。

石破さんを初めて見た時、TVのニュースか何かだったかと思いますが、正直、驚きました。

「あの特徴的な、厚い餃子の皮のような一重まぶたから半分見える、ピタっと動かない暗い目」、
「岩ノリのように頭部に貼り付いた、見事な七三分けの髪の毛」
「文節ごとに区切って"間"をあけて、噛んで含めるように、短く論理的にキチっ、キチっと話す言葉」、
「確信と自信を示す安定した揺るがない声、それでいて控えめ風な物腰と言葉遣い」
何か今までにないインパクト、アダムス・ファミリーの家族を見たような物珍しさで、私は画面に目が釘付けになってしまったのを憶えています。
それ以来、TVのチャンネルサーフィンをしている時に、石破さんが出ていると、必ずチャネルをとめてジ~っと見てしまいます。
そして彼のあの「ピタっとした目」と、「独特の語り」を、何であれ聞き入ってしまいます。
石破さん、"説得力"があるなぁと思います。
彼に言われると何だかこちらも分かった気になって、「そうだ!」と思ってしまいます。
昨年録画で見たTVタックル(朝日TVの番組)では、石破さんがなぜか都内の幼稚園を訪問していて、幼児園児達を相手に話しかけようとするのですが、まずは石破さん、輪を作って座っている子供達に対して、しゃがみこんで目線の高さを合わせて、輪の中に入っていきます。
"おっ、なかなかいいアプローチ

すると、最初笑っていた子供達、だんだん蛇ににらまれた蛙のように固まってしまい、うち一人は今にも泣き出しそうな感じに...。
石破さんなりに、自分のキャラを理解して、子供を驚かせないように近づいたのが、裏目に出てしまったでしょう。
これには、番組を見ていて、かなり笑えました。あまりに可笑しいので、主人にも見せて二人で笑ってしまいました。
しかし、こういう時、撮影しているカメラマンってすごいですよねぇ。私だったら笑って肩が震えちゃって、撮影している映像が揺れるんじゃないかと思ってしまいます。
こういう映像を見ていると、石破さんて「真面目」で「一生懸命」な人なんじゃないかなと思ってしまうんですよね。

しかしながら、「古賀誠」さん、「小沢一郎」さん、「石破」さんて、いわゆる「悪人顔」なんですよね~。
時代劇だったら、絶対に「悪代官」の役とか回ってきそうな。
失礼ながら、古賀さん、小沢さんは、もうどんなに笑顔を振りまいても、"ヒールな"匂いがプンプンしてきます。
でも、不思議と石破さんて、暗くてあんなに怖い顔なんだけど、ヒールな匂いはしない。
小沢さん、古賀さんだと、嘘~信用できない。と感じるけれど、石破さんだと誠実だなぁ~と感じる。
試しに以前、私の周りの30代後半の管理職の女性の何人かに、石破さんのことについて聞いてみたことがあるのですが、皆「割と好き」と答えてくれました。
理由は、"正直そう"とか、"言っていることにあんまり矛盾がない"とか、という意見が返ってきました。
働いている中堅以上の女性は、あの怖いビジュアルを越えて、石破さんのことを好きな人が、こちらが思ったよりも多いのでしょうか...。
彼女達、毎日、"ゴマすり"やら"偉ぶる"やら"気が小さい"やら、色んな上司を職場で見てますから、見る目は厳しいです。
その厳しいマイクロネットのような網目とビジュアルを越えて、「割と好き」と言われた石破さん、すごいです。
石破さん、ご自身の演説で"忠犬ハチ公"の物語が好きだと話しています。
「来る日も来る日も自分の主人を待ち続けた、そして最後には死んでいった。その物語を読むと今でも涙が出る」のだそうです。そしてそういう生き方を自分もしたい。そして何に命をかけるのかと。
そう!石破さんて、こちらが見ていると、そのイメージなんですよね。
政治家は、「政策」が大事です。
そしてそれをやり切れるかどうかは、もっと大事だと思います。
頑張れ

応援してます。
by bandoh
政治、社会 : 19:48 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-23 Mon
先週の週末は、姪の受験の合格祝い兼ねて、母・姉・姪・私の4人で初島へ1泊旅行に行きました。
朝起きると晴れていたのでホっとしたのもつかの間、朝になって私の"クレジットカード入れ"がないことに気づきました。
「アレ、無い、ここにも無い、あそこにも無い、無い、無い、もしかして紛失~??」
ガ ~ ン...



中には、銀行のキャッシュ・カード、クレジットカードなど10数枚を入れています。
一体、どこに??前日の行動が走馬灯のように頭を駆け巡ります。
"どうして私ってこんなにウカツ者なんだろう..."と自らを反省。

私のことをよく知る人ならば、同情も見せずに「フミちゃん、またぁ~!!」と言うに違いありません。
しかし、新幹線の時間もあるので、手元に見つからない以上、後で事態を収拾することに決めて、とりあえず家を出ることに。


東京駅のホームについた私は、携帯電話でクレジットカードの使用状況をまず確認。
出発のギリギリまで電話をかけていると「こだま」の発車のベルが鳴り出したので、新幹線に乗って座席へ向かうと、私が遅いので心配した姉、母、姪の顔が見えます。
「ごめ~ん!!遅くなって。

「ふみちゃんのことだから、ギリギリでも絶対に乗ってくると思ってたから大丈夫

「実は、、、クレジットカードケース無くしちゃったみたいなの...。」私
「え~、またぁ!!!



「今週使ったバッグとか色々思い出して、あちこち探したんだけど、見つからないの~

「ふみちゃん、絶対に何か施策を考えないと駄目よ。最近GPS機能のついたストラップみたいなものを小学生が持っているのを見たのよ。そういうの、カードケースにつけておいた方がいいんじゃない?」姉
「えっ!そんな便利なものがあるの?そんなものがあるなら、私、幾つか買って色んなものにつけておくし、ポグチャン(主人)のものにもつける!」

「分かった。じゃあ、調べておいてあげる。」姉
"持つべきものは、シッカリ者の姉

とりあえず、今回は姪の"あずさ"の合格祝い。
私のウッカリで皆さんのお祝い気分を台無しにしてもよくありませんので、気を取り直して、「旅」に集中することに。
そうなったら、イッキに気分を切り替えることができるのが私の強み。

新幹線でも、パチパチ富士山の写真を撮って、キャッキャとはしゃぐことに。(我ながら脳天気です。)
熱海について港までタクシーで向かうと、ビーチラインがものすご~く混んでいます。
通常なら10分以内につく港まで、20分かかってしまった。
2月は、「梅祭り」とか「河津桜」を見に行く旅行客で毎年観光客で賑わうそうです。
熱海から船に乗り、いざ初島へ!
"船酔いする"私と姪は、二人で甲板の船尾を陣取ることに。
二人でずっと"景色"と追いかけてくる"カモメ"を眺めることに。
姪は船を追いかけてくるカモメにエサを投げるのは初めてのようでワクワクしているのが伝わってきます。

"大きなカモメ(大人)"は、近くで見ると、案外、眼光がするどく精悍な顔をしています。
口ばしが黄色くて、水かきも黄色。
"小さなカモメ(子供?)"は、目が丸くて真っ黒でウルウルしています。
口ばしがピンクで、水かきもピンク。
トンビも、カモメに混ざって、乗客が投げるエサをめがけて付いてきます。
でもカモメよりも大きいので、何となくエサをあげたくない気持ちになるのんですよね...
船でニンマリと笑う母


そして、初島に到着~


エクシブ初島に12時30分頃に到着すると、ラッキーなことに部屋の用意ができているとのこと。


姉、母、私の3人で、早速スパでアロマ・マッサージを受け、姪はプールで泳ぐことに。
(泳ぎは"犬掻き"しか出来ぬ親子2代から、3代目の孫はバタフライで泳げるまで進化しています。)
スパにある、外のデッキに座ってしばし寛ぐことに。
アロマオイルを使った、ボディ・マッサージ、本当に気持ちがいいです!

スパの建物の中の"気"もすご~くいい感じです。
エクシブはもともと、早くから「スパ」を運営していましたがスタッフの皆さん、とても一生懸命で同じ人が担当してくれます。
だから、皆さんやっぱり技術が上がっていて、全身のリンパ・ドレナージュのテクニックは素晴しい。足底から頭のてっぺんまで、血液やリンパ液がリズムよく流れるのを感じます。
76歳の母はあきらかに血色がよくなり顔が整形したかのようにアップしています。また顔のトーンが数段明るくなっています。
「何だかやっぱり日本人の施術者の人が一番上手いように感じるわぁ」と母。
姉は、肩がガチガチに凝っていたらしく、肩甲骨近くのリンパのツボまで、コリコリに凝っていたとのこと。
「ちょっとリンパのツボを触られただけで、痛かったのよ~。やっぱり詰まってたんだわ、私」」と姉。
ところで余談ですが、初島に来ると、本当に色々な不調の症状が軽減されます!
これまで何人か知合いや友人と一緒に来ていますが、見事なくらい。
内臓が腫れてお腹が張っていた人は、そのお腹の張りがチェックアウト時には引いていたり、花粉症の人はピタっと治まったり、私も何度か経験しています。
地場が良いのか、海上にある小さな島ゆえに"酸素濃度"が高いのか、とにかく健康に良い所で下手な湯治場に行くより調子がよくなります。
さてその後、お部屋に戻り、寛いだ後は、皆で浴衣に着替え揃って温泉へ。
露天風呂に浸かりながら、皆で夕日が山に落ちていくのを眺めました。
今回はあずさのお祝いもあるので夕食は、伊勢海老、フカヒレと鮑が含まれるコースを。(贅沢

すっかり盛り上がった私は、
「あずさも、シャンパンを舐める程度にして、お祝いしよう!」と提案したら、姉の目がキっと釣りあがって、一刀両断に却下。
(未成年ですから、ちょっとまずい提案でしたねぇ。)
伊勢海老の櫻蝦醤炒め
鮑と無農薬野菜のおこげ-チリサワー仕立て
「あずさは、大きくなったら何になりたいの~?」
「う~ん、まだよく分からない。」
「じゃ、何でもいいから好きなものにしてくれるって言ったら何になりたいの?」
「だったら、女優さん!」
「女優さん、またそれはどうして?」
「だって、女優さんて沢山の役を演じるでしょう。そうすると、色々な人になれて、色々な人生を体験できるじゃない。」
つぶらな"レッサーパンダ"のような「瞳」でこちらを見ながら、ティーン・エイジャーの女の子にしては、ボーイッシュでキャピキャピがまったくない姪は、クールにボソっと答えます。
なるほど...姪は色々な人生を体験してみたいんだ。

日頃ボーっとしているように見えるけど、案外冒険心に満ちた人間なのかも。
そう言えば小さい頃は抱っこしても嫌がって長いこと腕の中にはいなかったことが、まるでつい先日のように思い出されます。あれはきっと、自立心が旺盛で、エネルギーに満ちていた証拠なんだわ...。
と、しばらく、姪のこれからの人生に思いを馳せた私は、おもむろに"あずさ"に言います。
「アーチャン、私が死んだら、この時計もこのアクセサリーも、ぜーんぶアーチャンにあげる。私には子供がいないんだし。」
「......。」(うかつに返事ができないと読んだらしい姪は、言葉を飲んだまま、姉と私の顔の両方を代わるがわる眺めている。)
ここでうかつに喜んだところを見せると、私の死を願っているようだしね。姪なりに分別と常識を合わせたリアクションでしょう。
「アーチャン、つまりフミちゃんはね、年取ったら、ヨロシクネ!って言いたいのよ。」と姉
姉の言葉に、何ともいえない"複雑な"笑いを浮かべている姪を見ながら、私は心の中でつぶやいていました。
「アーチャンの人生が、この先沢山の経験を経て、熟成して豊かになっていくこと、素敵な女性になっていくことを心から祈っているよ。」































そして、初島1泊の旅を終えて、家に戻ってみたら、何と"クレジットカードケース"が出てきました!

滅多に使わない「リュック」の底にきちんと収まっていました。
滅多に使わないので忘れてましたが、先週チョコっとだけ使ってすぐにロッカーにしまっておいたのです。
良かった~




以後、しっかりと気をつけることを、再び心に誓う。
by bandoh
徒然なるままに : 17:39 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-19 Thu
本日は先日、講演会で知合った方々とランチを一緒にとることに。
"会社が近い者同士"というのが共通の括りなのですが、
こういうときに、「会う機会を創って」提供してくれる人がいるのはありがたいこと。
フットワークの軽いOさんに感謝。

スっと、ごく自然に若い時からこういうことができる人、絶対に「伸びる」と思います。
そういう方々と、新しいご縁が出来るというのは嬉しいことです。
私たちは、お昼前にビルの前で4人で待ち合わせた後、
AURUMというイタリアンのお店へ。
初めて来たお店ですが、表通りに面しているため、ビルからの眺めもよく、何より静か。
席もゆったりと取っているため、とても寛いで話せます。
一緒に話しをしていて気づきましたが、やっぱり自分の時間とお金を投資して、講演会なりセミナーなり、自己研鑽の場に来る人というのは、人生に対するある意味での「目的意識」がありますね。
また、色々なことに好奇心を持っていると感じますし、色々な情報を取っていると思いました。
ちなみに、大学のセミナーにも、時々行っているという某企業の部長Oさん(二人Oさんがいるんです)は、お若く見えますが30代後半。現在150名の部下がいるそう。中には自分よりもずっと年上の部下もいるそうです。
そのOさんの場合、自分の時間を捻出する(おそらく学ぶ、知るの部分が多いのでしょうが)ために朝6時45分には出社しているとのこと。
早い出勤の人、知ってますけど、6時台はさすがに聞いたことがないです。
(建築会社を経営している友人は、俺達って朝が早いんだぜと言ってましたが。)
う~ん、すごい。
臨済宗の僧侶の松原泰道さんが話していた「杖言葉」の一つに、
「まことに日に新たにせば、日々新た、また日に新たならん*1」
とありますが、「新しい一日に感謝する」こと、そして「日々成長できるよう意識する」こと。
人生をより良く楽しく生きるうえで、大事だなことだと改めて実感した次第です。

*1
中国古書「四書五行」に一つである「大学」第2章の「湯之盤曰。苛日新、日日新、又日新」
中国古代の殷王朝の湯王(聖天子と慕われ世の中が平和であったということに因んでもの。)は、自分が朝、顔を洗う盤に(洗面器)に、この9つの文字を刻んだとのこと。
意味は「何事においても、日々の仕事や勉強などは同じことの繰り返しが多くなると、惰性に流れ、むなしく時間を費やし、何も身につかずに終わりがちなもの。
しみついた汚れを洗い直し、自分を新しくする事に一日でも努力したならば、この新たにしたことを基礎として次の一日一日を新たにしていき、さらに毎日してゆく。このように少しでも新しくしていこうとする努力を、途切れないようにしなければ」という意味を持った言葉。
by bandoh
コーチング : 22:34 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-17 Tue
風が強い。
2月ですね...。
特に自宅の真横は、畑なので土ぼこりがゴ~っと舞い上がり、目がシバシバしてしまいます。

大体、通常の人よりも"まばたき"の回数の多い私は、さらに"まばたき"が多くなります。
昨日、会った友人女性の顔を見ると、いつもしっとりしたお肌の人ですが、乾燥していて粉を吹いているようだったので、アレ?っと思ったのですが、きっとこの季節が持つ「乾き」にやられたのでしょう。
その後、自らの顔を鏡で映してみて、"ヒェ~、私もだ

さて昨日は、夕方、渋谷での打ち合わせを終えた後、その友人と待合せた"青山"へと向かいました。
目的は、彼女の「買物」に付き合うため。
最近、体調を崩してしまった友人は、人からお守りとして勧められた「透明で白い水晶」を買いたいとのこと。
青山通り沿いに、何軒かあるお店を二人で観て歩きました。
"ペンダント・トップ"や"ブレスレット"などを次々と出して貰い、飽きることなく眺めていました。
ものすごくお値打ちのものの、クリスタルはそれこそブレスレットで50~60万円位しています。(ムム..お高い)
また同じ種類のクリスタルでも、一見すると同じように見えて、同じ大きさでも、3万円前後とぐっとお安くなっていて、お値段が違うものもあります。
このこと、以前から不思議に思っていたのですが、店員さんに理由を聞くと、例えば「ルチルクォーツ」という石であれば、針の向きが同じで揃っていて、太く、透明感があり、肌の色が透けて見えるようなものほど、良いそうな。こういった基準でみると、石のランク付けとしてルチル・クォーツは10段階前後あるらしい。
ふ~ん、なるほど。
でも、市場価値はともかくとして、自分が「あっ、これいいな!」と思った石を買うのが、クリスタルを購入するときのポイントだろうと感じます。
クリスタルを身に着けるっていうのは、やっぱり何かしら願いとか、思いがあるわけですから、出会いのインスピレーションが大事だと思います。
ちなみに下記の数点は、私が持つ"お気に入り"のクリスタルです。
これは「ラピス・ラズリ」、姉へのプレゼントのために最近W女史から分けてもらったものです。アフガニスタン産で、多面体のカットが珍しい。14mmの大きさです。
東京では丸球が多く、こんなカットのラピスをお店では見たことがありません。
ちょっと、よくみると青の中に一部ちらちらとゴールドの石も混ざっていますが、これはパイライトです。
これは、数年前にやはりW女史の案内で行った、バンコックにあるクリスタル・ショップで購入した13mmの五色のトルマリンです。
この大きさのトルマリンは滅多にないので、クリスタル・ショップの店員さんが見て驚くことがあります。
私はお店でこのツヤツヤした飴玉のような石に一目ぼれし、パっと選んでしまいました。出会いを感じた石です。
下のターコイズのペンダントは、アリゾナのセドナに行った時に、見つけたものです。Garlandというショップで購入したのですが、ここはセドナで一番響いたターコイズのお店でした。
自分が気に入って購入したものですから、何回みてもやっぱりいいなぁ~

上記の「ラピス」のブレスは、姉に渡す前に、目下塩づけにしていて、お清め中です。
「厄除け」でほしいという姉の願いがありますので、念には念を入れて渡すことに。
友人は、ペンダントにしようかブレスにしようか迷ったあげく、白く透明な「ヒマラヤ水晶」のブレスを購入。
キラキラと透明に輝く"手掘り"のクリスタルは、友人の腕で光を反射して光っていました。
彼女の病気が早くよくなることを祈って、私もパワーを送ることに。



美しくて、お守りになるクリスタル、いいですね。
by bandoh
徒然なるままに : 11:13 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-12 Thu
「実は、今度、今の会社を退職し、某国立大学の准教授に就任します。」
という知合いからのメールを読んでビックリ。
メールの主は、私が大好きな「新宿伊勢丹」に勤務している男性です。
優秀なAさんのこと、転職の可能性はあるでしょうが、「アカデミック」な分野に進むとは。


思い切った舵取りをしたな!と思いました。
そんなこともあり、彼の栄転を祝うのと話しを聞くために、
彼


そしてバンコックの知合い"クリスタル・タミー"ことT女史


(ちなみにここのお食事、本当に癒されます。体が健康になる気がします。)
お店はコース料理のみです。最初に前菜の三品とと水キムチ(美味しいですよぉ)、小さなお粥が出た後に、下記”クジョルパン"が出ます。小麦粉で練ってヨモギを入れて焼いてある中央の丸い皮に、9つの食材を包んで食べます。五味五色が生かされたお料理で健康にも良いです。
これは「山にんにくの葉と蒸し豚のポッサム」
皆さん、通常この葉っぱを食べたことがないと思います。
柔らかくて甘い豚が、ほのかに塩味で清涼感のある"柔らか堅い"葉っぱの食感と組み合わさって美味しいんです。
葉ににんにく特有の強い匂いはありません。豚と一緒に白菜の漬物も中にいれて巻くともう最高~

本当に美味しいものを、良い相手と楽しい話題で食べていると幸せを感じます。
感謝の念がおのずと湧いてきますねぇ。
(それと、目の前に座るカップルのお互いに対する"尊敬の念"-イイなぁ)

さて、知人からの推薦と紹介で、国立大学で今度准教授として教鞭を取ることになるAさんは、学生のキヤリア支援へ繋がる分野を教えることになるそうです。(彼の今までの仕事での経験を生かすことのできる分野になりそうです)
ただし、その大学でも始めての試みとなるそうですし、東京から離れ、住んだことのない他県でのおそらく異文化の生活、きっと今後何がしかの課題も出てくるでしょう。しかしながら、Aさんにとっては何より"挑戦しがいのある仕事と経験"になると感じました。
彼は現在ちょうど40歳、人生のある意味での折り返し地点にいると思います。
その時期に、新しい仕事、そして結婚。
大きな転換点になるでしょう。
人はそれぞれ、「次のステージに進むために、必要なときに必要なチャレンジを受ける」と感じます。
私自身には、大きな転換期がかつて二度ほどありました。
内面から沸き起こってくる、押さえようのないあの衝動...、
"自立したい


そう思っていると、そうならざるを得ない出来事が、やはり起きてきます。
一度目は国を出て学生生活に戻り、そして二度目は会社を辞めて独立しました。
乗り越えられないと思えるような厳しい出来事もありました。
もういっそ何もかも放り出して、逃げてしまおうと思ったこともありました。
でも逃げると必ずまた追いかけてくる。
これは、ご先祖様か何かが導いているのだと思って正面から受け入れるしかないと思いました。
そして、今、やはり私の中にフツフツと沸き起こっている何かがあります。
今まで感じたことのない衝動です。
まだ目に見える形になっていないのですが確かにある感じです。
本能がそれに従えと言っているようにも思います。
ですから、Aさんのような"チャレンジングな話し"を聞くと、思わず目が開きパっと反応してしまいます。
また今回の食事はAさんの彼女、私、T女史ですので、オーラソーマやクリスタルの話題を中心に盛り上がる盛り上がる。
Aさんの彼女とは始めてお会いしたのですが、なぜか初めて会った気がしない...。
夜更けの東京麻布、色んな話しで、私たちのテンションは更に上がっていくのでした。
by bandoh
コーチング : 19:22 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-11 Wed
じゃ~ん、梅の花-第三弾、薄桃色が何ともいえない可愛らしさ

10日は、姪のあずさの学校受験の日でした。
午前中で試験を終えた姪は、姉が留守をする予定なので、いったんおばあちゃん(ウチの母)の家に立ち寄り、お昼ごはんを食べる」予定。
ということで、
気になるわたしは、お昼過ぎに母に電話をして、
「お母さん、あずさの様子どう?」
「なんだか、ため息ついたり、落ち着かないみたいで、好きなおやつも食べてないのよ。」
「そう~...やっぱり、気になるわよねぇ~。」
母の話しでは、4時30分頃には結果が出るとのこと。
う~ん....心配。
表参道で友人のY女史と待ち合わせて会っていると、
私の携帯に着信音が、見ると姉の名前が表示されています。
ドキドキしながら出ると、姉が興奮を抑えた声で
「あずさ、無事合格しました。本人もちょっと涙ぐんでたわ。」
「そう、やっぱり嬉しかったんだろうねぇ。よかったねぇ!おめでとう。」



合格した学校は、姪が2年前から通いたいと思っていた学校ですが、昨年の夏まで塾の模試の結果で、×(合格できない)ラインにあった学校だったので、きっと喜びも大きかったことと思います。
嫌いだった勉強も、彼女なりに頑張ってなんとかコツコツと続けた結果が出たと思います。
今回の経験を通して、最後まで目標をあきらめずに努力を続けることで、得られるものが必ずあることを実感して欲しいなぁと思います。
若者には未来に希望を、そして「志」を持って欲しい。

by bandoh
徒然なるままに : 10:07 : comments (x) : trackback (x)
2009-02-09 Mon
梅、第2段
自宅のお隣に咲くピンクの梅、本日も美しい

日曜日は、旦那さんと新宿のピカデリーにて「チェ・ゲバラPart2 39歳別れの手紙」を観ることに。
映画館に到着すると、結構混んでいて、"チェ"のチケットは既にSold Out。
15:50から上映のチケットを前売りにて買っていて正解。
ぎりぎりに到着したので、急ぎ足でカフェオレとポップコーンを買って11階にある劇場へ向かう。
フィルムの冒頭は、1965年キューバ共産党発足式で、
フィデロ・カストロが人民に対して読み上げる"チェ・ゲバラ"からの手紙で始まります。
彼は、キューバでの革命が成功した後、新政府の要職や地位を放棄して、他に革命を必要としている国のために、キューバを出ます。
そして66年、コンゴでの闘争から撤退したゲバラは、ラモンと名乗り、OAS(米国特使)と偽って、ボリビアに入ります。
パート1では、革命の成功を描いていますが、パート2はジワジワと追い詰められていくゲバラの革命軍の足跡を辿ります。
そして、最後には米国が支援する政府軍の手に落ちたゲバラは処刑されてしまうのですが、悲しい....。


分かっていても、やっぱり悲しい。
追い詰められ貧窮していく中でも、大声を荒げることなく、戦士達と会話を続けていくゲバラ。ゲバラは決して無骨なだけの戦士ではなく、医者であり、詩や文学を愛する文化人でもあった。
(そういえば、ゲバラに限らず私が出会ったことのあるアルゼンチン人は、皆教養が高いという印象があります。アルゼンチンは国全体の教育水準が高いと聞いたことがありますが、哲学的な話題を好んだり、プライドが高いというイメージがあります。)
「部下に対して強要するな、敬意を払え」、「嘘をつくな」、「農民から略奪するな」
ゲバラは、革命を通して、その中で人を教育し啓蒙していきます。
ゲバラは、革命は戦うだけではないといいます。
「読み書きを学び、知識を持たずして、革命は成り立たない。」
「甘ったるいと思われるかもしれないが、本当の革命家は、大いなる愛情に導かれている。愛のない本物の革命家なんて考えられない。」と。
































最近、武田信玄を参考にしているという家の旦那さんは、
「すごいよね。あのボリビアの山の中、転々として、食料もなく、雨が降って凍えるような寒い夜も、ジャングルの中に潜んで、戦うんだよ。すごいと思うけど俺には、出来ないなぁ~。」
「でも、ゲリラとなった人たちって、それだけ生活が苦しくて人生が惨めだったってことだよね...。」
「ゲバラの場合は、もともと裕福な家に生まれてるでしょう、それに自分の国の人たちの苦しみじゃないのに、そこまで出来るのって何なんだろうね。普通の人でも理想は持てるけど、本当に命をかけてまでやれる人ってなかなかいないよね。ゲバラは革命家は"愛"だっていうから、根本はやっぱり愛なのかなぁ。キリストみたいに大きな愛を持ってた人間だったのかなぁ。」
「知識人で人の苦しみを理解し、詩を愛せる繊細な心を持ち、命をかけて他の人のためにゲリラとして戦える人だった。だから、サルトルとかジョン・レノンとか、多くの人たちから支持され信奉されたんじゃない?。」
「そうだ僕の仕事も、ゲリラの戦いと同じだな!少人数で力を合わせて、情報を集めて、ピンポイントで戦いを展開してね。そう、ゲリラなんだよ!。」

と妙に目をキラキラさせて語る夫。

旅人であり、冒険家であり、真の革命家であるゲバラ。
チェ・ゲバラって、もしかしたら、男の人が元気になる映画なのかしら???


by bandoh
徒然なるままに : 11:54 : comments (x) : trackback (x)