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無事退院!

月曜日に無事退院し、日常生活に復帰しましたチョキ

入院も4泊まではいいけれど、やっぱりそれ以降は退屈してしまったので、退院の日はウキウキしてしまった。
退院の日、午前中にMRIの検査が終わると、旦那さんが病室に迎えに来てくれた。

彼の運転する車に乗って家に戻ると、
久しぶりの我が家はやっぱり居心地が良いものであるハート
病院ではなかなか熟睡できなかったが、自宅ではゆっくりと熟睡できる。
お風呂にものんびりと浸かれる。はぁ~気持ちいい。

しかし集中治療のおかげでヘモグロビン値も何とか3ヶ月前に戻り、頭痛も治まった。
あと2-3ヶ月通院しながら治療を続けることで、通常の数値に戻るらしい。

何事も目標と計画が決まると、スッキリするものである。

入院の初日は、何だか急なことだったので、周りの成り行きをぼーっと観ていたが、
入院中に色々と調べて、根治に向けて自分なりに今後の計画を立ててしまった。

そして、予定通り7月にはNEW YORKへ行く予定です!
(現地でどうにかなった場合のサポートもしっかり調べている)

うちの旦那さんも一緒なのでどうにかなるでしょう。





徒然なるままに : 23:08 : comments (x) : trackback (x)
フォビアキュアと意識改革

チョキ人間なんでも慣れるものである。

入院3日目、私の腕には10箇所以上の穴が開いている。
鉄分注入注射は1日1回なので、もし毎回1回でうまく行っていたら3つしか穴はないはずである。

成功した3回はひじの表側、よく採血で使われる場所である。
それから下の場所は両腕ともすべて失敗。

しかし10回以上の点滴注射で、フォビアキュア(恐怖症克服)がだんだん見えてきた。

1.力を抜く(歯をかみ締めないで軽く離す)
2.どこかをつねる(人間痛い方に意識を取られる)
3.プリプリに茹で上がったパスタのペンネに針を刺すイメージを思い浮かべる(なぜか気が楽になる)
4.呼吸をし続ける

この4つを行うと、パニックにならない。オッケー
1日目に大泣きしていたことを考えると大進歩である。にこっ

雨曇りのち雨晴れのち曇り曇り太陽

さて、昨日担当医の先生から提案のあった「自宅泊」であるが、結局やめて「外出」に切り替えた。
自分でもこの決断は意外であった。
入院前なら1も2もなく飛んで帰ったと思う。

週末家に戻ったとしても、旦那さんはいない。
家に戻れば家事も当然やらなくてはいけないし、あれこれと予定していなかった仕事も片付けたくなるだろう。
つまり、せっかく頂いた外泊許可は、ご褒美にならない。

病院にいれば、食事の仕度、掃除、TV、冷蔵庫、パソコン、DVD、書籍、電話、館内に24時間のコンビに、カフェ、レストラン、美容院など必要なものはすべて揃っている。夜中、動悸が激しくなり頭痛で頭が割れそうになったら、ボタンを押せば誰かが対応してくれる。シャンプー&ブローはなんと1200円でやってもらえます!
つまり、自分のペースで最低限の仕事ができ、のんびりできて、体力回復を実感でき、心配せずに安心していられる。

こういう入院て結構いい...チョキ 

40歳を過ぎた働く女性の友にお奨めします。
もしストレスを抱えて体調が芳しくないならば、検査&集中回復の入院を一度試してみては?

*食事は時間と量が制限・管理されるので、体重が増えていた人は絶対に減らせます。
*体力が確実に戻ります。
*集中して行いたい仕事も自分のペースでできます。邪魔されません。
*入院中、人と会うこともできます。

土曜日は、現場復帰に備えて、近くの美術館に行き、足慣らしを。


徒然なるままに : 18:25 : comments (x) : trackback (x)
入院は続く-ちょっと待ってその提案

「鉄分」の点滴注射針セッティングが失敗に終わって、すっかりゲンナリしてしまった私。しくしく

でもふと同じフロアの病室にいる患者さんを見ると、
80歳前後でベッドに寝たきりの状態で自由に動けるような感じではない。

その光景を見て、家の父が肺がんで入院したときのことを思い出してしまった。

父も入院の後半は、病院のベッドで力なく寝ていた。

そう思うと、いい大人になって点滴の針ごときで号泣して、この世の終わりのようにわが身の不幸を嘆いた私ってやっぱり修行が足りない。

などと逡巡していたら、看護士さんがやってきた。
「鉄分点滴」ではなく「鉄分注射」をしてくれることになっている。

つまり、3日間腕に付けっ放しにするという点滴用の針からの鉄分注入をやめて、私の希望を受け入れてもらい、毎回鉄分を注射によって注入することにして貰った。
一度針を腕にセットしてしまえば毎回注射を打つ必要はないので、毎日毎回、注射を打つほうが辛いでしょう?と、点滴の経験のある人は考えるかもしれませんが、
私の場合、とにかく両腕の平たくてまっすぐな部位(針を固定セットする位置)にある血管がことごとく逃げるので、その作業に耐えられない。

さて、これまでの経緯を踏まえて、さらに細い針に変えてやってきた。
「この針なら絶対に大丈夫ですよ~♪」と看護士さんは軽妙な声で語りかける。

この明るい看護士さん、どこかで見たことがあると思ったら、伊勢旅行を段どってくれたT女子にそっくり。
仕切りの上手い、しっかり者なのかもしれない。

さていよいよチューブで腕をしばって鉄分注入注射である。
私も片手に雑誌を持って〝ふんわりユルヘア〟特集に集中し、巨大攻撃針の妄想が出てこないよう対応策を打つ。

あっという間に鉄分注射は終了オッケーオッケー

本当、良かった~にこっと全身の緊張が解ける。

夕方、旦那さんが東京駅の大丸の食品フロアで買った、お弁当とフルーツを持って登場。
なんと「綺麗なお花」も抱えている!貧血の治療だから、そんなに大変じゃないんだけどれど。

そういえば、彼って昔から人のお見舞いとかお葬式になると、やたら張り切る人である。
数年前、彼の取引先で、とてもお世話になっていたIさんが突然進行性のガンと判明、余命3ヶ月と宣告されてしまった。
そのIさんの闘病中、毎日お見舞いに行き臨終を看取ったのは、Iさんの家族ではなく彼であった。
なかなか出来ないこいとなので、そういう面は偉いなぁと思う。
また家の父の葬儀や初七日のときも、そういうときのしきたりや慣例に疎い私の隣に座って、私の耳元に片手をあてながら小声であれこれと指示、アドバイスをしたりする。いぬ
またお焼香のときの姿など、なかなか堂に入っていて、なぜかどの宗派の葬儀においてもやり方を知っている。
なにか、毎日ご先祖様のお仏壇に手を合わせてお経をあげている人のような風情なのだ。

ただし、その義理堅い面を持つ彼は、結婚式になると「仕事で忙しいから」といって、殆ど断ってしまう。
なぜだろう....。

そんなことはともかくとして、とりあえず〝買ってきて頂いた〟「鰻重」と、「まい泉のとんかつ」と、「RFのサラダ」を一緒に分けて食べる。
病院の夕食も出たので、一緒にこれも分けて食べることに。

「美味しいねぇ、ふみちゃん!」とものすごく感動している彼。

まずくはないけど、美味しいっていうのは、ちょっと...むむっ

その姿を見て、ふと私の料理を食べて、毎回「旨い!」と絶賛する彼の味覚は、もしかしたら、、許容範囲が広いのではという疑問がわいてきた。

そして、ドクターや看護士の数の多さ、病院の敷地に新築中の8月竣工予定の高層タワーを眺めて、
「ここは立派な病院だねぇ、ウン、みんな丁寧で対応がいい。建築中のタワーは300億円をかけたプロジェクトらしいよ」という。

「あなた、なんでそんなこと知ってるの?」

「タクシーの運転手さんに聞いたんだよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

家の旦那さん、そういえば、うちの近所の地主さんの息子が親に隠れてフェラーリを買ったことや、酒癖の悪い近所のご主人の〝個人情報〟などをなぜかいつも知っている。もしかしたら、そういう週刊誌ネタみたいな情報を聞くとワクワくするのかしら。

そうこうしていたら、担当医の先生が研修医とともにやってきて、
「この状況ならば、土曜日にご自宅に戻って日曜日に戻るという外泊許可を出せますよ!どうされますか?」と笑顔でおっしゃる。

その言葉に、入院前の私なら飛びつくのだけれど、、、、。


徒然なるままに : 23:52 : comments (x) : trackback (x)
鉄人を目指して入院

またまたブログからご無沙汰していました。

物理脳と化学脳を書いてから早1ヶ月が過ぎましたが、
私の生活に異変が、、、、
体調を崩したため、今日から1週間入院することになりました。しくしく

体調を崩した原因は「鉄分欠乏による貧血」。
鉄分が足りないので赤血球が減少し、とっても血が薄まっている状態なのだそうだ。

ゆえに先々週から地下鉄の階段とか心臓がバクバクするので苦しくて上れないし、
立っているとめまいがしてクラクラ~ときてしまうことが度重なっていた。

昨年末あたりから、この症状は出ていて貧血気味だったのだけれど、
何とかなるだろうと思っていたら、何とかならなかったのである。(悲)

入院の覚悟?を決めた私に、
家の旦那さんは意地悪そうないやらしい目つきで、昨晩ニヤニヤ笑いながら、
「フミチン、あそこはね、元々陸軍病院だったから、敷地には人体実験で亡くなった人の遺体とかいっぱい埋まってんじゃないの?夜は怖いよ~、お守り持って行かないとね」などと脅す。がーん

「フン、嫌なやつ!」と知らん振りしていると、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と私に向かって手を合わせてつぶやきながら、自分の部屋に戻って新聞を読んでいる。
本当に変なやつ。

さて、そんなこんなで今朝入院の手続きを済ませて病院の個室に入ると、
思っていたよりも病室はスペースがある。ハート
そっと16階の窓から外を眺めてみたが、敷地にお墓は当たり前だがない。(安心)

部屋で着替えを済ませると、次々と人がやってきた。
かわいらしい担当の看護士さんが二人やってきて、色々と説明してくれる。
そのうち担当となる5人のドクターを紹介された。

内心「5人も!」とちょっと驚いたが、研修医を受け入れている病院なので、
ドクターが多くヒエラルキーがしっかりあるらしい。

違うドクターと会うたびに、毎回同じようなことを聞かれるので、同じようなことを話す。
別に暇だから何回話したっていいけど、ドクターが多いと誰にどう対応していいか分からないものだなぁと感じる。
そのうちコツが分かるんだろけれどね。

ところで今回の入院中の「検査」を除いたメインのイベントは、「鉄分補給治療」です。
(だから、「入院して〝鉄人〟になってみせる」などと知り合いへのメールで、はしゃいだりしてみた)

そして鉄人?になるべく、その「鉄分補給」には点滴が必要となるのだけれど、、、

問題が勃発 

研修医が、そのメイン治療の「鉄分点滴」のための血管を、針を刺して探すのだがどうもうまく探れないらしい。

そのうち「あら~、漏れてる」という声が聞こえる。

注射が大嫌いな私は怖くて、しっかりきっと顔をそむけて、注射を刺して血管を探っている様子を絶対に見ないようにしている。
だけど、頭の中では、巨大化した攻撃的な針が私の腕の中をグルグルと刺しまくっている妄想がマンガのように広がる。

こんなときは、幼稚園での予防接種のとき、泣いて暴れてついに注射をさせなかった記憶が鮮明に思い出される。

若い研修医は、
「輸血を想定して太い注射針を用意したんですけど、今度は細い針をセットしますので絶対に大丈夫です」
と自信満々に言う。

しかし、またまた探って失敗。
「変だわ~、血管がもろくなっているのかしら」
(なってないって!先週もクリニックで点滴したけどなんともなかったよと私は心でつぶやくねこ

そして結局、研修医の3人が4回トライして失敗。

辛すぎる~。

腕をおそるおそる見ると、何箇所か開いた針穴が、〝北斗七星〟のように連なって残っている。
さらに、穴が空いて破れた血管の付近は腫れて青タンのようになっている。がーん

心臓がドキドキして冷や汗がジワ~っと出てくる。

ショックにドット気分が悪くなり、若い医者の先生方には部屋から出て行ってもらった。
(町のクリニックだって、センスの悪い看護婦さんにあたらない限り1回の注射で点滴できるのに~)

その日は点滴以外にも痛みの伴う検査が続き、
この点滴でストレス値一気に200%くらいになった私は、
「ひどい~、もう嫌だ~、お~いお~いしくしく」と号泣しながら、思わず旦那さんに電話をかけてしまった。

すると家の旦那さん
「大丈夫だってフミチン、点滴する人、交代して貰いなさいよ、僕はそういうことできないけど、フミチンだったらいえるでしょう」

「だって、み~んなやって、み~んな失敗したんだよ~、わ~ん」とほぼ雄叫び状態の私。

「じゃ、そんなところ出て家に戻ってくればいい、僕が明日迎えに行ってあげますよ」

と旦那から冷静に言われたら、号泣がピタっと止まってしまった。

とりあえず本日は点滴注射針挿入を拒否したものの、明日は一体どうなるんだろう。

鉄人どころか、すっかり幼稚園児に戻ってしまった私。

やれやれ。


徒然なるままに : 16:05 : comments (x) : trackback (x)
物理脳と化学脳

GWに久しぶりに会った知合いから「物理脳」と「化学脳」の話しを聴いた。

「物理脳」というのは、
仮説を設定し検証していくメカニズムの強い脳のことを指す。
演繹法と帰納法とで言えば、演繹法の考え方となる。
一般原理から推測論理的推論により結論として個々の事象を導く思考となる。

一方「化学脳」は、
帰納法の考え方の強い脳となる。
とにかく実験、実験(やってみて)で傾向をつかんでいくやり方である。
演繹法とは逆に、個々の事象から事象間の本質的な結合関係(因果関係)を推論し、一般原理を導く思考となる。

私自身、「物理脳」と「化学脳」のどちらが強いかといえば、おそらく「化学脳」だろうと思う。

自分のビジョンを描き、具体的な道筋を導きだすくときにはとりあえず「物理脳」を使うが、日々の行動は、わりと思いつきとかひらめきでパっと行動を決めることが多い。原則原則に従ってというよりは、いい加減でゆるい部分が沢山ある。

元々勤めていた不動産会社で、企画部門にいて沢山の高層住宅の事業計画の結果を見てきた影響も大きいかもしれない。

当時の企画部門では、年間1500億円程度の首都圏を中心とした高層住宅の事業計画の目標があり、その目標は企画本部内の各部に割り当てられる。
毎週、事業化に向けて各部の担当者から企画物件が上程されるのだが、販売が上手く行くという根拠については、周辺の相場や立地、環境など、さらに「マンション売れ行き情報」などのデータをもとに、成功するという根拠をもとに仮説が立てられて事業計画書が作成される。

そして、役員会議を経て企画物件は、事業決定されるのだが、必ずしも販売が成功するとは限らない。
正しい根拠をもとにした仮説があったとしても、予定通り物件は売れないのである。

企画物件は、企画から1年以上を経過して販売されるので、その間に予測できなかった景気などの市場環境の変化を受けるということが一つの理由となる。

さらには、担当者自身の問題がある。
企画が成功する仮説を立てようと思えば、用いるデータは自分に都合の良いものを選び上手く加工し、不動産のプロではない役員さんの目をごまかすことができる。
年間の企画目標を割り当てたられた担当者は、プレッシャーからとにかく企画をあげて事業化し目標を達成せねばという心境に陥るので、企画に弱点が若干見えているとしても、販売するのは他部門なので「えいや!」という気持ちになりやすい。

上場していて余剰資金の少ないデベロッパーほど、売って仕入れて、売って仕入れての繰り返しで利益を稼ぐ必要があるので、自転車操業となり、「えいや!」組が増えてしまう傾向にあると思う。

このケースでの「えいや!」は、「もしかしたら、なんとなくまずいかなぁ~」という感じを持っているけれど、その感覚を無視して突っ走るときのえいや!である。
えいや!は、“組織の財布でものを決める時”、“思い入れや我欲に走ったとき”、“自信過剰の時”、“ねばならない状態”にはまった時に出やすい一面である。

そんなえいや!の「仮説」も見てきたせいか、論理でバリバリに固められた仮説ほど、胡散臭さがつきまとう。むむっ

ところで特にこの数年企業では、これまで以上に業務のプロセスやコミュニケーションなど、様々な分野で早急な課題解決が求められている。
カスタマーニーズの変化、IT技術の発達と情報化社会の進化など市場環境の変化はめまぐるしく、まったなしの変化に対応するスピードが求められているからである。

その影響もあり、企業ではリーダー層に「論理的思考法-ロジカルシンキング」という分野の教育を取り入れているところが多い。

しかし、この思考法、さきほどの「えいや!」ではないけれど、気をつけなければ、間違った方向に人を導くことがあるし、まったく機能しないことがある。

例えば、かつての会社で企画を担当していた管理職のIさんは、周りの人が口論で勝てない独自の論理展開があり、その論理武装に誰も打ち勝てないというアグレッシブな男性であった。しかし私が入社する前の彼の企画物件の成果はどうだったかよく分からないが、彼が進めていた事業は、その後社内を知る人の話しによれば全て失敗もしくは赤字となったらしい。怖い話しである。

また、某会社で進められた改革案は、理にかなったすばらしいプロジェクトであったけれど、猛烈な現場の抵抗によって進まず、担当役員さんは責任を感じて辞職することになったことがある。

そんなミスリードだったり抵抗を減らしてくためには、左脳だけではなく、やはり、右脳(感性)も活用して、問題解決を図ることが大事であると思う。
さらに、民主党のマニフェストではないが、途中経過をきちんとニュートラルに検証して、必要な修正を加えていく柔軟性が必要であると思う。

しかし、右脳(感性)も活用した問題解決は、一体どのように行うと良いのか?

問題解決のツールとして1つお奨めするならば、私自身は、NM法をお奨めしたいし、その後の柔軟性も加味するならばSFAの活用もお奨めしたい。

NM法は亡くなられた中山正和さんが開発された問題解決の発想法である。
イメージや形容詞(感覚的な言語)を使うことによって、右脳を活用して解決にいたる発想を創造的に行う手法となる。
NM法が秀逸なのは、どんなに感性が鈍い人でも、必ず創造的な発想を導きだせる点である。
ご興味ある方は、アマゾンで中山さんの「発想法の書籍」が買えます。

さらに、柔軟に修正を加えていく考え方としては、S.F.A.(ソリューション・フォーカス・アプローチ)がシンプルで簡単である。
問題解決に向けて、出来ることを1歩づつ積み上げて、確実に進んでいくやり方で、かなり柔軟な対応が取れる。
また、具体的に出来ることを1歩づつ進めていくので、誰でも実行できる。
さらにこの手法は、上手く行っていないことの原因分析を一切しないので、その分解決策を導く時間を削減できるし、組織で働く人のエネルギーが下がらない。
いま、アメリカやヨーロッパの会社組織では、SFAやAIといった「ポジティブアプローチ」による問題解決が主流の一つともなっている。
そのほうが、問題解決が早くて効率的という結果が出ているからである。

「ポジティブ・アプローチ」は、もともと、心理学から派生して出来た手法なので、
人間の“心理や感情”を踏まえたうえで考えられた組織の「問題解決」や「組織開発」の手法となっています。

その心理学の背景を言えば、現在の問題を過去の幼少期のトラウマウにさかのぼって、何十時間かけてていくら検証してみても、現代の問題の完全解決にはならないと臨床から悟ったセラピストや研究者たちが、「フロイトよさらば」とばかりに生みだした“N.L.P”や“ブリーフ・セラピー”であり、今のSFAやAIなどのアプローチに大きな影響を与えています。

結局、どんなに正しいと思える解決法も、人がやる気になって取り組まないと、上手くいかないし、社会は複数の人がいる限り常に変化するので、今正しいと思える解決策も変わる可能性があるという過去の経験から、必然的に生まれてきているのだと思います。
この、60年代、70年代のアメリカ西海岸を中心とした様々なセラピーやワークショップの取り組みは、今振り返ってみれば、大きなイノベーションだったのだと思います。

何だか、ダラダラと書いてしまって、
結局、知合いから言われた「物理脳」と「化学脳」によって、「ポジティブ・アプローチ」がやっぱり問題解決や組織開発には成功率が高いということに帰結してしまった。やっぱり私は、「化学脳」













徒然なるままに : 16:38 : comments (x) : trackback (x)
女子をあなどることなかれ

「ホントーに、ものすご~く気を使っているんですよ」と、仲の良い某外資系の企業の「女性部長」のA子が、ゆるくウェーブのかかったセミロングの髪の毛を掻きあげつつ、実感のこもった声で断言した。

この日は、女性3人で最近転職したA子の近況の話しを聴くために、一緒に夕食を取ることにしたのだった。

3人が揃ったところで、いつものごとく泡物(シャンパン)で乾杯した。
A子は、知人の紹介で今の会社に転職することになり、新たな会社で働きだしてから、まだ日も浅い。

もう一人の友人B子も、業種は違うが同じく外資系企業で働く「女性部長」である。
A子もB子も、男性以上に気が強く、バリバリ働くキャリア・ウーマンである。

今後の自分の身の振り方を考えているB子にとって、A子の転職の話しは関心の高いテーマである。

40歳を超えてからの転職は、ある意味でハードルが高い。
慣れ親しんだ職場から(偉そうな態度が取れる?)、自分を知っている人が誰もいない環境に飛び込むのだから、本来の自分を知ってもらい周りからの信頼を得ることはなかなか大変なことである。
しかも、部長という役職を担っての転職であれば、当然それなりの実績を期待されての入社であるからプレッシャーも高い。

クライアント先の企業で、中途入社の管理職の人について
「あの人、本当に無能で仕事ができない。なんであんな人を採用したのか」などという話しを時々耳にすることがある。

実際に実務ができないのか、それとも新しい環境の中で、職場の人の信頼を勝ち取るコミュニケーション力が低いのか、理由はよく分からないが、中途入社の管理職で、ポジションに応じた信頼を得ていない人は、少なくないと感じてしまう。

個人的には、そういう信頼を得られない人たちは、総じて社内の意見や空気を読むのが苦手な方々であると感じる。
敵にしてはいけない人を敵にしていたりと、社内力学についての嗅覚が弱いとも言える。

その点で言うと、A子の話しは面白いと思った。

「バンドーさん、私が誰に一番気をつかっているかって言うと、セクレタリーやアシスタントの女性達なんですよ」A子

「分かる、女だから分かるけど、女性って怖いからねぇ」私

「彼女たちを敵にするなんて、とんでもないですよ。み~んな、つぶさに人のことよく見てますからねぇ。瞬時にして、服装、化粧、バッグに至るまで何を持っているか確認して値踏みしてるし、鋭い観察眼でこちらがどれ位の人間なのか、男性なんかよりもず~っと冷静な目で判断してますよ」A子

「そう、そう」

「何か下手なことをしたり言ったりしたら、瞬く間に彼女たちの女性口コミネットワーク網で社内に広がりますからねぇ。しかも、セクレタリーに嫌われたりしたら、大変。何気ない風を装いながら、彼女たちって自分の上司に“○○さん、こんなこと言ってましたよ”なんて、こちらが不利になるようなこと言ったりするじゃないですか」

「それってある。それで役職を追われた人、実際にいますよ」B子

「男性の嫉妬も嫌だけど、女性を敵にするって、もっと怖いと思いません?」A子

「そう思う!」とA子の熱気にやや押されながら、私もB子も揃ってうなづいてしまった。

「だから、私、ホントーに今涙ぐましいほど、ワンダウンポジッションを取って努力してるんですよ。実は社内に一人、あっこの人、敵に回したら怖いっていう女性がいて、もうそういうの嗅覚っていうのか、臭いで分かるんですけど、ものすごく気を使って、荷物運ぶのが見えたら手伝ったりして。でも、彼女案の定、キーパーソンだったみたいで、彼女が何人かに私のことをよく言ってくれているみたいで、知らない部門の人との折衝がやりやすくなったんですよねぇ」

とA子は自分にしかと言い聞かせるように話すと、それに呼応するようにB子も、

「分かる~、私も、自分のアシスタントの女性に対しては特別な配慮をしたりしてますよ。周りの昇給ができないときでも、彼女の昇給分だけはしっかり確保したりして。だって、彼女達に反旗を翻されたら、自分の足場が揺らぐし、彼女達って社内の情報を持ってますからねぇ」と話す。

そう言われてみると、確かに私自身も、ポジッションに関わらず同性である女性に対しては、男性以上に気を使っている。むむっ

女性は、女性の怖さをよく知っているからなのだろうか?

冷静に見て、A子もB子も、日本の企業で働く女性の中では、ほんの一握りにあたる部長という肩書きを持っているが、決して女性に嫌われることなく、むしろ味方につけていると思う。(もしかしたら男性に敵がいるかもしれないが)
また、二人とも新しいプロジェクトを推進していく能力が非常に高い。

もしかして、社内で出世していくためには、女性を味方につけることが鍵なのだろうか...。

否、というよりも、専門能力に加えて、女性を味方につけられるほどの場読みと気配りができる能力があれば、仕事もできるということなのかもしれない。

男性の皆様、「女性アシスタントのパワーをあなどることなかれ」である。うさぎうさぎ


徒然なるままに : 00:45 : comments (x) : trackback (x)
体を動かそう

久々に更新にこっ

12月からずっとこのブログを更新しないでいたので、何人かの友人からメールを頂いてしまった。

「どうしたの?大丈夫ですか?」
「最近更新していないので、気になっています」
と私の近況を心配している内容が多い。

実は1月に入って更新しようとしたところ、システムの不具合で単純に更新できなかったということもあり、それに加えて年初から研修が入っていて忙しく、なんとなく、その後書き込むタイミングを逃したまま、ずってきてしまっていたというのが原因である。
体調が悪いとかそんなことはなく、いたって元気である。ねこチョキ
(ということで、この場を借りて、“心配をおかけした皆さん、私は元気です。”と改めてご挨拶を致します)

そのことをメールで返信すると、みな、
「それは良かった。安心しました。それにしてもこのご時世で、仕事が忙しいというのはいいことですね」
といった内容の返事を下さる。

“忙しいのはいいことですね”

確かに。むむっ
世相を反映しているというか、この不景気の寒~い風が吹く時代、忙しいということは良いことなのだろう。
私のような零細な組織にとっては、ありがたい話しである。

しかし、仕事で忙しいのはいいことだとは言え、仕事にかまけて体調を崩したりしては元も子もない。
「健康管理」は私にとっては重要なテーマである。
独立して仕事をしていると、病気は大敵である。

昨年12月に初島で群発地震に見舞われ、肝を冷やしながら、
自分の命と今後の健康管理についてツラツラ考えてみた。

自宅で行うストレッチ以外にも、何か体を動かすことが必要だろう...と。

最近周りの人間を見ると、ジョギング、走っている人が多い。
一緒に仕事をしている男性コンサルタントも走っている。
仲の良い男性の友人の一人は、毎日走っているそうだが、昨年になってそのジョギングに彼の妻が参加することになり、夫婦間の会話がグっと増えたそうだ。

また、ヨガを始めた友人もいる。
体にもいいし、気持ちがリラックスできるのでストレス発散にもなっていると言う。
昨年から、彼女が通うスタジオにニューヨークから男性のインストラクターが招かれて、クラスを教えているらしい。
また、そのインストラクターは誰もが見とれるかなりのイケメンで、彼の登場以来、クラスの人数が急激に増えたそうだ。
なかでも、オカマチャンらしき参加者の数がドっと膨れ上がっているとのこと。

ケーブルTVでアメリカの恋愛ドラマを見ていると、中高年に差しかかりつつある男女が、必ずといっていいほどジムでトレーニングをしている風景が出てくる。大体、俳優さんたちは、皆おしなべて、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、Nice Bodyである。

私も、健康管理とシェイプアップを兼ねて、「何かやらなくては...」と、ようやく重い腰を起こした。

とはいえ、学生時代スポーツをしていたので、体を動かすことが嫌いなわけではないのだが、
走ることも、ジムに通うことも、あまり好きではない私。しょぼん

走るのって苦しいし、ジムに通ってみんなで我慢大会みたいに苦しいエクササイズするのも好きではない。
筋トレも、単調で楽しくないので好きじゃない。
ヨガも、自宅でストレッチをしているので、何だか出かけてやるまでの意欲が湧かない。

ゴルフは、ずっと長いことやっているのだけれど、丸1日時間を取られるのと日に焼けるのが嫌で、5年ほど前からコンスタントには行かなくなっている。

う~ん...と初島でしばし考えた結果、やっぱりダンスかもしれないと思った。
今まで体を動かした中では、ダンスが一番楽しい。

そしてダンスをやるならば、やっぱり「アルゼンチン・タンゴ」が断然いい。オッケー

私がアルゼンチン・タンゴに興味を持ったのは、ずいぶん前に深夜のTVで「タンゴレッスン」という映画を観たことがきっかけだった。
モノクロの映像でどちらかといえば地味な感じの映画なのだが、強烈な印象が残った。
監督&主演は、サリー・ポッターという女性である。


とにかく、アルゼンチン・タンゴは踊っているときの動きが優雅で美しい。

TVでやっている社交ダンスは、じっと観ていると、あのピーンとそらした背筋と笑顔に、古臭いというか、田舎くさいというか、わざとらしいというか、観ていて、「あぁ、お願い、やめて~」とこちらが気恥ずかしくなってくるような感じなのだが(すみません!やっている方)、「タンゴ・レッスン」の中のアルゼンチン・タンゴにはそれがまったくない。

そもそも、アルゼンチン・タンゴでは、男性も女性も背筋そらしてピーンというのはないし、社交ダンスの中で踊られるラテンダンスのように、妙にクネクネした動きもない。

アルゼンチン・タンゴを踊っている女性の動きは、自然にしなやかで、特に脚の動きが軽やかで綺麗である。

映画を観ながら、「こんなに体の動きを、格好よく美しく見せるダンスがあったのか!」と見とれてしまった。
だから、映画の名中で、かなり年齢がいっている、思いっきりおばさん顔の主演のサリー・ポッター監督が、同じく主演俳優&タンゴダンサーのパブロ・ヴェロンと踊っているのだが、彼女の年齢を超えてとても美しくセクシーに見える。
(彼女の足が、ほっそりととても細くて綺麗というのもある)

また、抑えた感じでオーバーに感情を表現しないところも知的な感じがしていい。

その影響で、「私もいつかアルゼンチン・タンゴを習ってみたいわ~!」としっかり思っていた。

そこで、前に一度行った事のあるアルゼンチン・タンゴのスタジオへ行き、レッスンを始めることにした。
インストラクターは、アルゼンチン人のニコラス・ミアリ先生。
他のアルゼンチンの先生とはまったく異なり、かなり論理的な解釈の説明をしながら、ボディバランス、動きを教える人である。

タンゴ・レッスンのいい面は以下の3つであろう。

・いい感じの音楽を聴いて楽しく踊れる
・女性として優雅で美しい所作が身につく
・体を適度に動かすので、いい運動になるし苦しくない

<タンゴを踊る前にストレッチについて教えてくれる先生>



タンゴは“ペア・ダンス”である。
女性は、男性のリードに従って踊る。

踊りながら、相手と無言のコミュニケーション(意思疎通)を交わすことになる。
つまり、「曲のテンポや雰囲気」、「男性の腕の動きと方向」、「力の入れ具体(押しているか引いているか)」、「ステップと足の置き位置」にあわせて、女性は付いていくことになる。

付いていく=無言のフォロワーシップが必要となる

案外、最初はこれがペアダンスを踊る上での私の壁となった。
男性の動きにあわせて、ついつい先読みをしてしまい、コミュニケーションを間違える。
日常よく起こることが、ダンスでも起こるものであるむむっ

大体、私は、仕事でも先回りして何でもやってしまうタチなので、先走りすぎる傾向がある。
案外、ダンスを習うことで、自分にとってはパートナーシップにおいて、マインド面のいい気づきとなった。オッケー

そして、スムースに美しく9センチ!という高いヒールで、安定して動くためには、
「キャットウォークでしなやかに歩く」、「上半身と下半身の動きにずれがある(上半身が先に動いて足が遅れてついてくる感じ)」、「常に体重は両足にではなく左右どちらかの足に乗っている」、「重心を低く保つ」、「上半身はそらずに肩と背中の力を抜き中心(コア)の筋肉を使う」ことが必要となる。

でも、これ全部、意識していると、頭の中がグチャグチャになってしまうときがある。
悲しいけれど、ビギナーは、先生のステップについていくのが精一杯で、1度に1つくらいしか意識できない、、、。

しかし、タンゴを習うことで、
アルゼンチン・タンゴを美しく踊れるようになり、
しかも健康とシェイプを維持し、フォロワーシップを学び、優雅な所作が身につくならば、先生のニコに、難しいこと言われても、ハードルの高いことを言われても、逆に俄然やる気になってきてる今日この頃である。

健康と女力アップ、今年も、楽しもう!



徒然なるままに : 11:24 : comments (x) : trackback (x)
師走だけどウキウキ

師走である。汗

この時期、私の場合も、会社の決算があったり、支払いが増えたり、来年度の提案があったりなど、何かと忙しくなってくる。

そう!忙しいんだけれども、、、、この時期、何だかゆるく楽しい気持ちになる。
(だって一歩街に出れば、クリスマスとお歳暮というギフト商戦のため、デパートをはじめどこの店も、クリスマスの楽しげなデコレーションと音楽で賑々しく飾り付けているんだもん)
だから、状況に反して「遊び心」と「ホリデー気分」が高まってくる。

それにこの時期、「忘年会」という、れっきとした言い訳があるので、「飲み会を企画せねば」という気持ちになり、どうせだから行ったことのないあの店に行ってみようなどと、浮き足だってしまう私は、やっぱり人と会ったり食べたりするのが好きである。ワイン

この時期は、銀座の街もいつも以上に華やかになり賑わしくなってくる。


毎年、ミキモト真珠のクリスマスツリーの前には人がたかる


ふとツリーのたもとに目をやると、
可愛い雪だるまのライトが、ほのぼのと立ち見客を歓迎している。



私は子供の頃、クリスマスが一年中で一番好きだった。

イベント好きの私の母は、クリスマス、お正月、節分、桃の節句、十五夜、誕生日など、祝ったり食事をしながら楽しむ機会を決して逃さない人である。
毎回、かなり気合を入れて、イベントを“決行”していたように思う。

私は子供の頃のクリスマス時期、
しまって置いたクリスツリーを箱から出して飾り付ける楽しさ、ツリーに赤と緑のライトがチカチカと点灯したときの嬉しさ、クリスマス曲のレコードを聴きながら食べたイブの食事と、クリスマスケーキの美味しさを、今でもしっかりと憶えている。ねこ

しかし何て言ったって一番嬉しかったのは、25日の朝である。チョキ
朝になると、母やおば達から贈られる沢山のプレゼントが、枕元に置かれていて、赤や緑や金・銀の鮮やかな包み紙とリボンが目に入るやいなや、「わぁ~love」という喜びの声が出てしまったものだ。
お菓子が入っているサンタのブーツも必ず毎年ついていたが、これを見るとクリスマス・ギフトっていう感じがして、妙に心を弾ませたものだ。

だから、まだ月日の感覚がしっかりとない子供の頃は、朝になり目が覚めると、母が家で掃除機をかける音が聞こえて、あぁ~まだクリスマスじゃないんだ、、、と、何度ガッカリしたことか。しくしく

大体、母のイベント好きは、母方の家系の特徴のように思う。
母の兄は、自分の誕生日にわざわざジャズのバンドを呼んで、パーティを開いていたし、
母の実家に行くと、なぜかいつも人が沢山いて、ワイワイとお酒を飲みながら御飯を食べていた記憶がある。

そう考えてみると、もしかしたら、私の「食事行かない?」とか「お花見やらない?」などと人を誘って食べたり飲んだりしたがる傾向は、母方の血のなせる業かもしれない。

そうならば、この師走の時期、キっと口を結び眉間に皺を寄せて、せっせと働く緊張モードに陥るものが、ゆるく「ホリデイ・宴会モードビール」が高まるのは、いた仕方ない。(遺伝子のせいなんだから、避けられないってことでしょう)

さらにいえば、1歳上の私の従姉妹(母の兄の娘)もよく似ている。
大体連絡がくるときは、必ず「フミちゃん、何か美味しいもの食べにいかない?」である。

ラテンな家系?むむっ

それはともかくとしてもですが...、
私は「人生、何ていってもバランスが大事でしょう」と考えるタイプである。
いい仕事をして一生懸命働いて、家族や仲の良い友人と楽しい時間を過ごす、
だからこそ、人生を楽しく感じ、周りにも感謝の念が持てるのだと思う。

何事も「楽しむ」ことで、仕事も人間関係もより良いものになっていくと信じている。ねこ

今年も第3土曜日は初島に渡って、この一年を振り返り、来年に向けての展望を作る予定である。

楽しい仲間と楽しく、未来を見つめるための良い締めくくりとしたい!



徒然なるままに : 17:10 : comments (x) : trackback (x)
清方ノスタルジア 風雅な美

姉と母に誘われて、東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で、「清方ノスタルジア」を観ることにした。
鏑木清方の日本画の展示である。

最近、知合いが購入した日本画を観て以来、日本画への関心が高まってきている。

実は東京ミッドタウンに出来た「サントリー美術館」へ行くのは初めてであるむむっ


というよりも東京ミッドタウンには、これまで2度しか行ったことがない。
1回目は、食事の後で友人らと連れ立って、1階にあるバーか何かでワインを飲み、
2回目はオフィス棟に会社がある友人と会ってランチを食べただけである。

そういう意味でも、ミッドタウンを探訪できる今回はいい機会である。



期待に胸を膨らませながら入場すると、まず下記の「春雪」の絵にすぐにパっと目を惹きつけられた。


昭和21年、清方が68歳の時の作品で、
清方が戦争中に、鎌倉から再疎開した先の御殿場で描いたものだそうである。

清方は暗い戦争のさなか、富士山の美しさに心を癒されて絵筆を取ったのかもしれない。
女性の結い上げた髪の生え際と、うなじの柔らかさの、はかない美しさに目を奪われてしまう。

岩絵の具を使った、自然な色合いは、本当に心に優しく染み入ってくる感じがする。
どの絵の女性が着ている着物と帯を見ても、色合いが美しく、心が落ち着いてくる。

東京の神田で生まれた清方が育った明治の時代には、まだ街中に江戸の面影を残す情緒豊かな景色がたくさん残っていたのだろう。
木造の建物、川にかかる橋、町で商売を営む人々の暮らしぶり、着物、結い上げた女性の髪、、
おそらく、今のように豊かでなくとも、文化的にも精神的にも、熟成し調和の取れた美しさが、そこにはあったのだと思う。

どの絵を見ても、時の流れの緩やかさを感じる。
女性はどこまでも、可憐で、実際の女性よりも、ずっと儚く美しく優しさに満ちている
だから、見ているだけで、自分の呼吸が深く整ってくるような感じがして、身体の力が抜けていくようだ。

明治から大正の時代を生きた女性の美しさは、やっぱり今の女性の美しさとは違う。

一緒にいた母は、懐かしむような声で、
「何だか、絵の女の人を見ていると、死んだ坂東の薫おばぁちゃんのことを思い出すわぁ~」と何度か繰り返しため息をついていた。
どうやら、母は、母にとっては義理の母となる、父方の祖母を思い出したらしい。

私は、母の言葉を聞いて、ふと祖母が亡くなったときの父のとても悲しそうな顔を思い出してしまった。
父は葬儀のときに、「あんなに優しい女性はいなかった.....」と、遠くを見ながらしみじみとつぶやいた。

そして、私は、立ち姿の女性の絵を眺めながら、どんなことも寛容に受け止めた父の優しさは、祖母譲りだったのかもしれないと考えてしまう。

そんな思いの中にいると、何だか、まさに“ノスタルジア”な世界に迷い込んでしまったよう。
清方の絵を前にして、少しぼやけてセピアのように色あせた、父の静かな笑顔と祖母の顔を思い浮かべてしまった。


ふと、父と祖母のいた過去の記憶をなぞりながら、清方の絵を一つひとつ眺めている内に、あることに気がついた。

それは、描かれた女性の多くが、みな一様に着物をゆる~く着ている点だ。
もちろん花街の女性を描いたものも多いので、ゆるく着物を着ている女性も多いのだろうが、
普通の女性も含めて、皆キッチリと着物を着ておらず、ゆる~い感じなのだ。
このゆるさ加減が、観ている自分の肩の力を抜く作用もあるんじゃないかと思えてしまう。

目を節目がちにして、ゆる~く、そして縦長に見えるよう服を着ると、女性はエレガントで儚く美しく見えるのかもしれない....

こんなに女性の立ち姿やポーズが美しく見えるならば、ちょっと取り入れてみようかしらなどと、考えてしまった。
柔らかい素材の服を選び、縦長細身で、気持ちルーズなシルエットを作るというのがポイントかもしれない。

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ちなみに、展示されている作品数は、若干清方以外の作品も含まれるが、他の美術館や個人のコレクションから集めてきたもので120点以上ある。
時間があれば、もう一度見に行ってみたい。

さて、私たちは、少し歩きつかれた足を休めるために、ミッドタウンの建物エントランス部分にあるスタバでコーヒーを飲むことにした。コーヒー
美しい絵を鑑賞して、一息入れるときの充実感、都会に住んでいることの便利さを感じる瞬間である。
座ってコーヒーを飲みながら、ふと上を見上げると、思いのほか、組まれた柱と天井が綺麗なことに気づいた。


自宅に戻って空を見あげて気づいたが、綺麗な月である。
この月を眺めながら、今晩は残った仕事を片付けることにしようねこ




徒然なるままに : 15:24 : comments (x) : trackback (x)
もうすぐ楽園

時が経つのは早いもので、もう11月である。
昨日は、風も冷たくコートを着て出かけたが、私以外にも着込んでいる人が多い。

昨日の夜は、最近、外国人の間で話題になっている表参道駅近くのTwoRoomsというレストランに出かけた。

詳しく知りたい方は、以下のブログを覗いてみて下さいませ。
Two rooms

さて、寒くなってきたこの時期、知り合いの方から招待されて、
再来週から、「与論島」へ遊びに行くことになった。

与論島にいくのは今回が初めてなので、とても楽しみである。

学生時代、森遥子さんの本をよく読んでいたのだが、森さんのエッセイの中に、時々この与論島での滞在のことが書かれていた。

森さんがエッセイを書かれていた当時は、与論島は本当に素朴であまり開発されておらず、海がものすごく綺麗で自然の豊かな小さな島であったのだろうと思う。(今でもそうかもしれないが)地上の楽園というイメージがある。

森さんは、イギリス人のご主人と、3人の娘を連れてよく滞在していたようだ。
確かオイル・サーデンを炒めて熱々のご飯の上に乗っけて、醤油で食べるシンプルなオイルサーデンの“ヨロン丼”のことを、涙が出るほど美味しいと書いていた。
私は、当時、その“ヨロン丼”ていったいどんなに美味しいものなんだろう???と想像を膨らませしながら、読んでいた。
その頃から、やはり“食い意地”が張っていたのかもしれない。

しかしながら、私は鰯、鯖などの魚よりも、ウニとかイクラ、アワビ、牡蠣がどちらかと言えば好きで、もっぱらすし屋でもそれらのものを多く頼む。
そういば、昔、主人が初めて私とすし屋でデートした時に、私が次から次へとウニ、アワビとか注文するので、財布の中身が心もとない彼は、顔は笑っていても内心は青ざめていたそうだ。
それから、彼は時々私のことを思い出したように、「ラッコちゃん」と呼ぶことがある。失礼な奴だ。むむっ

そうはいっても、あの森さんのエッセイに書かれていた与論島で食べる美味なるシンプルな“ヨロン丼”のことはずっと頭の片隅から消えず、私の中に貴重な情報としてしまい込まれている。
そんなに食べたければ、自宅で作って食べればいいものだろうが、場所が変われば空気も変わる。
今回、その“ヨロン丼”を、かの地で絶対に食べるつもりでいる。
これで長年の私の夢のひとつがかなう~といったら、オーバーかもしれないが、それくらい楽しみにしている。

それに、私は普通だと15メートル位しか泳げないのだが、シュノーケルと水中眼鏡をつけると、ずっと泳いでいられる。
息継ぎが出来ないので、長時間泳いでいられないのだ。
しかし、シュノーケルをつけると、息継ぎを気にせず浮いていられるので、楽チンである。
やはり、マイ・シュノーケルを携えて、今回は旅に出かけなくては。

また小さな島から見える、海から昇る朝日、夕日、月は格別だろうと思う。
日本酒かワインを片手に、じっくりと眺めるつもりである。

あ~、早く行きたくなってきたハート

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そういえば、先週書いたブログの中で、
デートの後、彼から連絡がないので嫌われた!と反応していた友人であるが、
月曜日に彼からメールで返信が来たらしい。

嫌われたわけじゃないみたい。彼からメールが来たにこっ
と友人から連絡があった。

そして、翌日の火曜日の夕方家に戻る途中、再び彼から電話があり、その日の夜の食事に誘われたらしい。

せっかく彼からのお誘いではあったけど、火曜日の夜はラグビーを観戦した後で、疲れていたから、断ったのよねうさぎ
“嫌われたぁ!やだ~”と騒いでいた割には、クールな対応である...。むむっ

そして、その3日後の金曜日に、再び彼から「これから飲みに行かない?」と誘われたようだが、
もう、自宅に戻ってパジャマに着替えて寝る準備をしていたところだったから、断って寝ることにしたのうさぎと言う。
ふ~ん、また断ったのか~。

たまたま2回も断っちゃったんだけど、どう思う?彼、気分悪くしたかしら?」
「なんとも言えないと思う。少なくとも約束していたのを断ったわけじゃなくて、急なお誘いだったしね」
そうだよねぇ~うさぎ

彼は、彼女から断られた後、「じゃ、週末にでも...」と語尾がしぼんでいくような声で、電話を切ったらしい。

今週、彼からのお誘いを2回続けて断った友人は、さすがに今度はさりげなく自分から彼にボールを投げることにした。

日曜日の昼頃、彼の「携帯メール」と「携帯電話」の留守電にメッセージを送った。
今日は友達とご飯を食べる予定なので、よかったら一緒に食べない?

しかし、その日、彼からそのメールに対する返信はなく、電話での連絡も来なかった。

友人はかなりムっとして
彼ってとっても失礼な奴だと思う!断るなら断る!で返事すべきだと思わない?」うさぎと言う。
「でも、電話持たないで出かけたとか、電波の通じにくいところで、何かしてるとか、、何かあるんじゃないかな?」
そんなわけは絶対にない。だって彼、2つも携帯あるし、いつでも持って歩いているもん。それに今までだったら、私が連絡すると、すぐに返信してきたのよね!うさぎ


男と女って、相性もあるし、気持ちのタイミングが噛み合わないと駄目だし、難しいものである。
もし、あの3回目のデートで彼女の気分が盛り上がったときに、彼が次のデートの約束をしていたとしたら、状況は変わっていたと思う。

友人のすぐにても結婚したいという気持ちを考えると、その彼が彼女にとって待ち望んでいた「ミスター・ライト」であればいいのになぁと思うが、この噛み合わなさを見ていると、二人のご縁はやはり薄いのかもしれない。

40代、独身、都心在住、皆忙しいお年頃である。いったい全体どんな風なラブライフを送っているのだろうか?








徒然なるままに : 17:18 : comments (x) : trackback (x)
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