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ルイヴィトンと草間彌生



表参道を歩いていたら、ルイ・ヴィトンのショーウィンドーに目がとまってしまった。

草間彌生の蝋人形かな?それと水玉の彼女のオブジェ。
圧倒的な存在感で、ルイ・ヴィトンのブランドの存在をかすめてしまうようなインパクトがある。

でも同時に、ヴィトンがある意味とてもコンサバなバッグを創りながら、常にどこか攻撃的で新しい一面を持っていることを表現しているようにも感じる。
コラボってやっぱり異質なものと組むから効果があるんだなと実感。
もう一度足を運びたくなるような演出はいいね。

他のショップも、期間限定でアーティストとコラボした企画をやったら町を歩くのは益々楽しくなるね。





徒然なるままに : 13:57 : comments (x) : trackback (x)
ワイン 味覚は不思議

ワインについて思い起こせば、
初めてレストランで頼んだボトルワインは確か”マテウス・ロゼ”だった。
20代前半、ワインを美味しいと思っても、興味関心はまだまだ薄かった頃である。

薄くて丸いボトルに入った甘くてピンク色の、微発泡性のポルトガルのロゼワイン。
会社の帰り道に銀座辺りのレストランで、女の子同士で食事をしながら飲むには、手頃でちょうど良いワインだっと思う。


今でも見かけるけれど、当時もイタリアン・レストランでは、魚の形の白ワインをよく置いていた。

ペッシェ・ヴィーノ 実は1回しか飲んだことはないけれど、スッキリ軽くてちょっと酸味のある白ワインだったと記憶。
調べてみると、このボトルの魚は「鯛」なんですよね。


しばらくして、取引先の社長に、飯倉片町の「キヤンティ」でご飯をご馳走になる機会があり、その社長がワイン好きで、2種類の赤ワイン(キヤンティ)のボトルを同時に開けて、飲み比べをさせてくれた。
「この1本は若くて緑の香りがするような赤ワイン、もう一本はもっと時間をかけた熟成した赤ワイン。全然違うでしょう?」
社長の言うとおり、2本は同じキヤンティでも、口当たりも味わいも違っていた。
”同じキャンティでも、熟成でこんなに味わいが変わるんだ~!”と、とても驚いたのを今でもはっきり憶えている。
これが、「ワインて面白い!」と初めて感じた瞬間だったと思う。


そして、その後、間もなく「シャルドネ大好き」の時代が来る。

90年に旅行でオーストラリアに行った時、転勤していた友人にハンターバレーに連れて行って貰い、ワイナリー巡りをした。
その時に訪れた各ワイナリーでテイスティングしたシャルドネがとても美味しかった。
シャルドネばかりをテイスティングしたせいで、各ワイナリーのシャルドネの違いが分かって面白かった。
サントリーに勤める友人は、大手のワイナリーを1つ、残りは小さな作り手のブティックワイナリーを中心に訪問ワイナリーを選んでくれていた。
これがシャルドネ大好きとなったきっかけ。

ワイナリーでテイスティングしているとき、ヨーロッパから来ていた旅行客の女性が、「白ワインは、フランスよりもオーストラリアの方が安定していて美味しい」と話してくれたことが強く印象に残っている。
へぇ~意外!と思いながら、話しを聞いていた。その後、日本の小売で仏と豪のワインを買うようになるとしっかり実感するのだけれど。

その時に購入した小さな家族経営のワイナリー「Mount View Estate」のシャルドネがとても美味しくて後日帰国してから追加で1ケースを購入した。
樽香が効いていて、わずかにキャラメルの香りもあり、なんてバランスが良くて美味しいんだろう!と感動してしまった。

下記は今現在のMount View Estateのシャルドネ。ボトルはコルクからスクリューキャップにエチケットもデザインが変わっている。
当時は家族経営の本当に小さくてシャビーな感じがするワイナリーだった。


シャルドネを飲み慣れてくるにつれて、段々とフルボディで重めの赤ワインも美味しく感じられるようになってくる。
よく熟成したカベルネ・ソーヴィニヨンを飲むようになり、ボルドー、イスラエル、チリなどのカベルネ・ソーヴィニヨンなど自宅で飲むようになる。
そういえば、当時西麻布の「ツバキ」で飲んだチョコレートのような深みのあるカベルネが美味しくて、何度か足を運んだ
男性のワイン好きは、成功してお金を持っている人達が多かったと思う。
彼らは、フランスの五大シャトーのワインについて語り、一緒に食事に行くと、肉を中心とした料理としっかりした赤ワインというのが多かった。
90年代にビジネスで成功した男性にとって、ワイン=洗練された趣味とステータスを示すものだったのかもしれない。

一方女子の友人はと言えば、実際のところ、30歳も超えてくるとだんだんとあっさりした魚や野菜の料理を好む人が多くなる。
女同志で出かけると、ワインは、食事に合わせて、泡→白→赤へ変遷していくのだけれど、そんなに量は多く飲めない。
だから、ボトルよりも、美味しいグラスのワインを揃えているレストランは口コミでぱっと広がる。(当時はなかなかそんな店が無いから広がるのも早い)
女子の場合、美味しいものを小さく数多く食べたいという傾向が強い。だから、ワインも同様に食事に合う美味しいワインをグラスで頼んで、幅広く楽しみたいと思う。
女子にとっては、ワインは飲み物というより、食べ物なんだと思う。
軽くてヘルシーな食事に合わせると、赤ワインはずっしりしたカべルネよりも、繊細で軽やかで華やかな香りのピノノアールを飲む機会が増えた。
また、食事を終えた後、麻布にあるブルゴーニュのワイン専門のワインバー「アルモニ」などでワインをよく飲んだ。
今思えば、当時は今のように、安くて美味しいワインを揃えているレストランはなかったと思うし、美味しいグラスワインの揃えについて言えば、あまり無かった。

また、その後、赤ワインはオーストラリアのシラーが好きになったり、ナパに行けばプチヴェルドーや、ルヴィヤット、マルベック、ジンファンデルも好きになった。
以前は好きではなかったラングドックのグルナッシュも美味しいものを発見し、今では大好きなぶどうの一つである。
イタリアでワイナリー巡りをしてからはトスカーナのサンジョベーゼ、ブルネッロ、メルローとサンジョベーゼのブレンドや、アリアニコ、プリミティーボなども好きになった。
イタリアにはワイン用のぶどう品種が500種類以上あるらしいから、美味しいワインはきっともっと沢山あるのだと思う。がーん

白ワインも、シャルドネ以外にもリースリング、ソーヴィニヨンブラン、ゲベルツトラミネール、マスカット、甲州、ピノグリとどんどんと好きなぶどうが広がり、色々なワインを飲むにつれて、その個性や特徴が面白いし美味しいと感じられるようになった。

このワインの味覚の広がりは、子供のころに嫌いだった食べ物が好きになるのとちょっと似ている。
勿論美味しくないと感じるワインは今でも沢山あるけれど、一つひとつのぶどうが持つ個性や地域性を最大限に発揮出来ているワインはやっぱり秀逸、美味しいと感じる。
ずっと昔はシャルドネが好きで、それ以外の白ワインはあまり飲まなかったが、今では飲みたいぶどう品種が沢山あって迷ってしまう。
それぞれの個性を楽しむのがやっぱり面白い。

そして更に言えば、飲む回数が増えるにつれ、これまで体験していない特徴のあるエキゾチックなワイン(といってエキゾチック過ぎない)を、期待するようになる。
私の場合でいえば、断然エキゾチックさを感じさせるのは「香り」である。
大分県の安心院ワイナリーのシャルドネを飲んだ時はややショックを受けた。
ほんのわずかだけれど、シャルドネの香りの中にカルダモンのような不思議なスパイシーな香りを感じた。
なぜ????と思って調べてみると、実はこのワイン、海外のワインコンテストで賞を取っていたりする。
こんな風な驚きがあると、ワインとの出会いがまた楽しく感じられる。


ワインを好きになってから食事を楽しむ喜びも広がったが、ワイン好きの友とのワインを飲みながらの食事は最高。
何より美味しいを共感し、共有できるというのは喜びが倍増するのだと思う。

ワインは国を超えて人と人を繋ぐ力もある、素晴らしい食べ物と言いたくなってしまう。

その他 : 11:20 : comments (x) : trackback (x)
起業し継続していくために必要な刺激

土曜日は、スパイスラックのサマーイベントのトークショーに出演しました。
友人の俣野ゆきこさんが主催するイベントでしたので、きちんと話さなくては、、、と朝から緊張気味でした。

周りにそういう話しをすると、「ずっと仕事でやってるんだからそんなことないでしょう?」とよく言われるのですが、私は緊張するタイプなのでこれは治らないようです。
ただ、長年やっていると、緊張してもいいたいことは言えるので、その点は慣れてきているのだと思います。

私が出演する前の時間はDraftの宮田さんの講演があったので私も参加しました。


デザインに関することかなと思って参加したのですが、案外自分の仕事と関連するような話しがあって、共感することが多くかつ宮田さんの考え方と仕事に対する姿勢に刺激を受けました。

宮田さんの話しで心に強く残った言葉は、
「自分を表現し個性を出すには、手が届かないことを目的とするのが大事なんですよ。例えば目先のことを考えて発想するんじゃなくて、社会とか宇宙とか三代先の子孫の代になって解決できるようなことを目的として考える。小さく考えていると、そこら辺りにあるものしか出来ないけれど、大きなことを目的として持っていると、結構色々と解決策が出てきたりするんですよ。また自分自身というものがもっと出てくる。」
「もっと意志を持つことが大事です。もっと突き詰めて考えていけば、おのずと気持ちが出てそこに個性が出る(デザインに気持ちが出る)、ガツンと捕まれるものが出来上がるんですよ」

私は宮田さんの"デザインに気持ちが出る"、"三代先の孫子の代になって解決できるようなことを目的にする"という言葉に捕まれました。
何か自分の感覚に響いた感じで、その先の話しを聴き入ってしまいました。
"デザインに気持ちが出る"というのは、自分の仕事に置き換えれば、やっぱり突き詰めて、組織開発やリーダーシップについて学び考えていくとぶち当たるものがそれではないかと思います。

私の仕事の企業の組織開発は、
1920年代の第1次大戦後のアメリカ・ヨーロッパ世界の混乱と急速な景気の冷え込み(大恐慌)によって社会構造が転換していく中でその考え方が生まれ、その後第2次対戦との復興⇒高度成長の時代⇒不動産バブルとその崩壊⇒IT技術の進化とグローバル化が加速している現在まで、その変遷の中で色々な影響を受けてそのアプローチの仕方もどんどん増えて変わってきています。サーベイ、アクションリサーチ、センシティビティトレーニング、チームビルディング、リーダーシップ、コーチング、MBTI、360度フィードバック、ダイバーシティ、プロセスマネジメント、ポジティブアプローチ等々沢山あり、全てを突き詰めて掘り下げるならば、かなりの時間が必要となります。

しかし一方で全体をもう少し高い位置から俯瞰して眺めると、社会構造の転換の中で、会社の経営は多様な人(価値観の違う人)を受け入れ、現場の社員がどんどん参加して動かしていくといった、民主的な方向に流れていることは事実で、この先もその方向性は変わらないと思います。
もしこの流れがこのまま続いていくとしたら、企業はもっと今よりも社会や地球に貢献するといった使命を持ったものに変わっていくのではないかと思います。
しかももっと女性が経営に参加することで、その傾向は加速されると思います。
私自身も、今自分が持っている自分の理想の世界について、その流れの中で何にどう貢献できるのかをもっともっと突き詰めて考えてみたいと思います。

話しは飛びますが、宮田さんと、建築家の安藤忠雄さんが、ちょっと似ているなと感じました。
どちらも強烈な意志を持っていて、個性が強く顧客に媚びずない、親分肌で人情家?
叱咤激励?しながら、若い人達を育成している。
また、お二人とも、ユニークな観点から面白い話しをされる点もよく似ていると思います。

さて宮田さんの後は、独立して働いている女性達のトークイベントということで、
グーテドママンの三富恵子さん、ルボアの森田敦子さん、私の三人で順番に話しました。

「アイディアを形にする」恵子さん⇒「困難を乗りこえる」敦子さん⇒「ビジネスを継続し発展させる」私


起業を考えている人の他に、既に独立していて、自分の法人を持っているという人が参加者の約半数ほどいましたが、
話しながら見ていると、熱心にメモを取っている方が多く、意欲的な人が多いと感じました。

私はトークの中で、”ビジネスを継続し発展させる”ことについて話しましたが、
最後に皆さんが持って帰ることのできる考え方のまとめとして、次のことを伝えました。

この内容は今回、このイベントのためにまとめたものですが、ワイズサークルの中での一つの基準にしたいと思っています。

トークイベントの交流会は、知り合いの紹介などで参加しているせいか、皆寛いでいてアットホームな感じがありました。
名刺交換も沢山行われていて、旧知も含め、皆新しい方との出会いを楽しんでいました。

私は皆さんとお話ししていて、その意欲と行動力を感じました。
情熱を傾ける仕事を見つけた、持っている方々が殆どでしたので、
今後、更に発展していくには、"仕事の社会的な価値"、"自分自身の強み(他の人には負けないこと)"を突き詰めていくことではないかと思いました。
他の会社にはない価値、”自分=自社”の「とんがり」みたいなものを、強化していくことだと思います。
競合の多い業種であればあるほど、「とんがり」を強化しなくてはならないと思います。
これは私自身についても全く同じ事が言えますし、どんな会社にもあてはまることだと思います。

今回のイベントを通じて、三富恵子さん、森田敦子さんと知り合いましたが、
お二人に「今の仕事でなくとも続けていたと思いますか?」と質問したら、二人とも「この仕事でしかあり得ない」と答えてくれたのが印象的で、お二人が作る製品(恵子さんはお菓子、敦子さんはフィトテラピーによるスキンケアの製品など)には、その姿勢が現れていると思いました。
お二人とも、やはり他にはない何かを持っています。
自分だけの「とんがり」は大事ですね。

講演会、セミナー : 14:56 : comments (x) : trackback (x)
私塾がコモディティ化しない人材をつくる

先日、「私塾がコモディティ化しない人材をつくる」というテーマで、茂木健一郎さんと波頭亮さんの講演会に参加した。

日本の教育は問題だらけ、これからの時代に適したものではない。
これは構造上の問題。しかし日本の大学は既得権益があるため、自ら構造を変えることは出来ない。
だから、「大学生の諸君は自ら自衛して、こんなくそみたいな大学をやめ構造から離れて、私塾に行くべし!
という想定していた以上に過激な言葉が飛び出す講演だった。

例えば、文系、理系に分かれているが、文系、理系なんて分けているのは日本だけ。
だから、「英語が話せる」&「専門技術や知識がある(専門能力が高い)という人が日本は極端に少ない。

今のようなグローバル化が進み複雑化した社会では、問題解決を図るにも、一つの専門的なことを知っていれば出来るということはない。
広く横断的な視野を持って物事を眺め、解決策を導いていく必要がある。
だからこそ、時代を担うエリートを育てようとるならば、自分の専門分野だけ勉強していればいいという時代ではなく、何事も好奇心を持って広く学んでいく必要がある。
また、自らが状況や情報を分析し、課題を設定し仮説を立てていく能力を高める必要がある。

こういった能力のある人材を企業は欲しがると思うけれど、そもそも日本の企業は、日本の大学教育を全く信用していない。
だから、新入社員研修を一生懸命やる。そうじゃないと、現場で使えないからだ。

先日、クライアント企業の担当者から教えて貰った話なのだけれど、今年の新人研修には「叱られ方」を取り入れたそうだ。
今の若者君たち、ひ弱で人から叱られた経験が少ないので、叱られると萎縮してきちんとフィードバックを受け取れないので、抵抗力をつけるためにも叱られ方の訓練をしたそうだ。がーん
でもそんな教育受けたら、会社って叱られるものだと思って、気弱な子だと配属されても「いつ叱られるか」ドキドキしながら構えていたりして。(笑)

この件は、仕事仲間ともっと深く話し合いたい。





講演会、セミナー : 13:11 : comments (x) : trackback (x)
第2期ワイズサークルで乾杯

ずっと長いこと、ブログをアップしていなかったせいで、再び何人かの知り合いから大丈夫~?という連絡を貰ってしまいました。
どうもフェイスブックをいじっていると、ブログを開かなくなる傾向があるようで、気づくと8ヶ月間くらい更新していない状態になっていました。あうっ

先にお伝えしておきますが、私は元気です。昨年の冬から風邪も一つ引かず、貧血の気配も全くなく元気です。オッケー

しかし、5月にデンバーで開催されたASTD2012に参加して、ナパに立ち寄って戻ってから、ず~っとノンストップで働いているような気がします。
(ASTD&ナパについては、後で更新して書く予定です)
週末ずっとセミナーが入っているせいか、土日に休むことがないので、休んだ気がしないのだと思います。
ただ、いい仲間と一緒のセミナーだと楽しいので、逆に活力を貰いますから、ノンストップでも元気でいます。にこっ

写真は、先週末のものです。
昨年から始めた、非営利の活動、働く女性を応援する1年間の学習会、「ワイズサークル」の懇親会の写真です。
(何で女性を応援するのに、男性が交じっているの?と思う方もいるかと思います。女性を応援することを主たる目的にしていますが、男性がいた方が異なった視点が入るので、バランスがよく発想も広がります。ですので男性も少数ですが参加しています)


今年の2月にスタートしてから、4回目の学習会となりましたが、
前半はリフレクション(振り返り)を行い、参加メンバーのそれぞれの1~2ヶ月間の出来事と取り組みや学びを聴き、その後に全員で対話を行います。
実はその振り返りと対話を聴くことで、主催しているこちら側も沢山のことを学ばせて貰っています。
色々なセミナーを行っていますが、このリフレクション(振り返り)は、ファシリテーターにとって最も興味深く、参加者から学べるものの一つではないかと思います。
ワイズサークルでは、意欲的で経験から学ぶ力のある人達が集まっているので、リフレクションの質が高いと感じます。

それと、逆境を乗り越えつつある人もいれば、まさに変化が起こる直前?の人もいたりなどして、経営に変化と問題はつきもの、、、という言葉が浮かびます。

特に今の時代、ITなど情報技術がドンドン進化し世界が一つに繋がっているので
市場も人の興味もめまぐるしく変わっています。気をつけないとその流れに身を任せたまま、今自分が目標に向けてどの地点に立っているのか、方向性を見失いかねないと感じます。
だから、忙しいからこそ、いったん立ち止まる時間を創って、じっくり現状を見直して次に何を成すべきか考える時間が大事だと思います。
経験や状況から学んで、迅速に対応していくことが、ビジネスの成功を分ける時代に益々なってきていると思います。

更に私は、学びと成長は、良き仲間と共に育まれるものと信じています。
英国の随筆家であり伝記作家のアイザック・ウォルトンが、「善を成す鍵は、素晴らしい仲間との人間関係にある」という言葉を残しています。
前向きで建設的な考え方を持ち、努力を続ける「良き仲間」との繋がりがあるからこそ、対話から刺激を受けてもっと成長しようと思い、人は前向きに困難に負けずに進んで行けるのだと思います。

私も、仲間が新しいことに挑戦する姿を見て勇気を貰い、自分も新しいことにチャレンジしたり、
率直なフィードバックを貰って自分を振り返って改善点を受け取って変えていったり、
仲間の正直に生きる姿勢に影響を受けたり、
仕事で助けて貰ったり等など、振り返れば沢山のことが思い出されます。
自分を振り返ってみても、今いる良き仲間なしに、今の自分はないし、成長はあり得ないと感じます。

こういう「良き仲間」を集めて、良い人間関係を築きながら活動し、共に成長していくのが、私の理想です。
毎回、ワイン会だの楽しい企画をつけていますが、楽しい時間を共有することで、自然と人間関係は深まっていくと思います。ですので、ワイズサークルでは、学ぶことと同様に、楽しむ時間も創っています。ワイン肉ケーキ
そういう場が提供できると、理屈抜きに深い部分から嬉しくなってしまいます。

ワイズサークルは私自身の理想を築いていくきっかけになっていますが、
素晴らしいコミュニティを築くことを通して、人が夢を叶えたり成長することを応援する、そして社会に役立つことをして行きたいと感じています。
いつも私の心の深い部分で、願っていることなんだろうと思います。

世界のベストセラー「ビジョナリーカンパニー」の著者であるジム・コリンズが、
今年参加したASTDという国際会議で、"偉大なリーダーには規律と一貫性(成長し目標を実現していくために絶対に譲らないもの)がある"と、基調講演で語りました。
彼はその規律と一貫性を、ある南極探検に成功した探検隊の隊長が実践した"何があっても1日20マイル進む"というエピソードを比喩として用いながら、数千名の聴衆に向かって、"あなたの20マイル(規律と一貫性)は何ですか?"と問いかけていました。

それ以降、私の20マイル(規律と一貫性)は、何だろう?と考えてしまいました。
しばらく答えが出ませんでした。
理由は20マイルを決めるのが嫌だからかもしれません。
何だかそういう定量的な目標を一貫性として決めると重たいから、、、と感じていたからかもしれません。

ただ、しばらく考える中で、
ワイズサークルの活動を続けて、更に価値あるものにしていくということにヒントがあるかもしれないと感じ始めています。

毎年良き仲間を増やして、ワイズサークルを着実に行っていく。
そしてその中で蓄積したものを更に進化させてより良いものにしていく。
これが私の20マイルかもしれません。
私が始めた活動を通じて、人と社会に貢献していくための20マイルです。
ワイズサークルで得られるものは、ビジネスの場面においても、全て還元できるという自信と自負もあります。

そう、考えると重いよりも、何だかジワジワとエネルギーが湧いてくるのを感じます。
ワクワクします。にぱっ



講演会、セミナー : 11:13 : comments (x) : trackback (x)
フィレンツェ&トスカーナ⑥シエナ

今日は世界遺産の古都、中世の香りを残す「シエナ」へと向かう。
トスカーナ地方は広い、滞在しているパリのリゾートから空いた道を走ってシエナまでは1時間位の距離となる。

車の中で、迎えに来てくれたガイドのファビオから季節によって変わるトスカーナの風景を教えて貰った。
今は収穫の時期なので、道路ではワイン用のぶどうを満載してゆっくりカタカタと走る小型トラックとよくすれ違う。
道路の両端に目をやると、トスカーナ特有のうねりのある丘陵の風景は、緑と乾いたようなベージュ、茶のコントラストが目出つ。
今は大麦もトウモロコシも収穫した後なので、多くの畑はボコボコと耕された土で盛り上がっている。
このうねりのある丘陵はクレーテ・セネシと呼ばれていて、どこまでも波のように続くアンジュレーションが牧歌的ながら、何となく惑星的な世界を感じさせる。

この写真がそのクレーテ・セネシの風景の一つ。

更に5月が最も美しい風景を見られる時期だそう。
しっとりとした新緑にひまわりの黄色がまぶしく一面に広がっていて、息をのむほど美しいそう。
訪れる人の多くが感動する。

2つの写真は、ガイドさんが後で送ってくれたものです。この美しいひまわりを見にまた5月にトスカーナを観光してみたい、、、。
この時期、食べ物は最高、観光はやっぱり秋と春がいいですね。



さて、そんな風にトスカーナ特有の風景を眺めてドライブしながら、シエナに到着。
ここはフィレンツェからは60KM南下した場所にある人口約57000人のシエナ県の県庁所在地
14世紀にシエナ派の芸術が栄えたところです。
フィレンツェで色鮮やかなルネサンス芸術が花開いていた15世紀にシエナでは対照的に中世的なゴシック建築が全盛期を迎えます。
政治、経済、芸術、宗教、全てフィレンツェと対照的だったシエナは、今でもフィレンツェと仲が悪いそう。
戦争で負けたこともあるし、ライバル意識なのかな。


シエナの町に到着して、地図を手に入れ、母と二人、目印になるような建物や道順をいちいち口に出して憶えながら、一見迷路のように曲がっている道を歩き出す。
そしてまずは「カンポの広場」へ向かう。


トスカーナに限らずイタリアの町の扉や窓の木戸など、南のプーリアでも赤やグリーンのビビッドな色で塗られている。
乾いた空気の中で、それらの色は風景や建物とよくマッチしていると感じる。
東京のように湿度の高い空気の中では、空もここイタリアよりももっとグレイッシュで淡い水色に見える。だから日本ではビビッドな色よりも、ちょっと彩度を落としてくすんだ色の方が、景色にマッチするのだろうと感じる。日本人の感性もそういうところから生まれるのかしら。

秋とはいえ、日中陽が差していると汗をかくほど暑い。歩いているとジリジリと日差しが照りつけてくる。
しかし湿気がないので、日影に入ればすっと涼しくなるので、観光するのも歩き方次第で暑さは緩和できる。
日影を選んで歩く、休む、教会などに入って休むなどしていれば案外大丈夫。
それといずれにしても冬場でなければ、早朝から観光をスタートすることをお薦めしたい。
観光で気をつけなければならないのは「靴選び」。
デコボコした堅~い石畳を歩くので、底が薄い柔らかい靴、ハイヒールだと私は20分と持たない。
以前、ハイヒールを履いてフィレンツェの町を歩いて、数十分でお店に駆け込んでペッタンコの皮のサンダルを購入したことがある。
嘘のように足が楽になり、現地の靴ってすご~いと妙に関心したことがある。

丘の上に建てられた古都、シエナは起伏があり、カンポの広場に向かって歩くほど、下っていく感じ。
駐車場からどんどん降りていくと、大きな建物と広場のあるT字路にぶつかる。

この建物はイタリア有数のシエナの銀行「Monte al Parchi di Siena」世界で最も古いと言われている銀行


建物につけられた頭部の彫刻も印象的。
やっぱり銀行があって経済が栄えると芸術や文化って花開くのよね、、と実感。
帝政ローマの頃に、フランスとローマを結ぶ幹線街道の重要な中間に位置していたのが重要なポイントですね。
通商はやっぱり交通、位置が大事。

銀行を正面に人が歩いて行く方角に下っていくと、目の前に扇状の劇場のような広場が現れてくる!

扇状に広がっているのだけれど、なんとも言えない空間が演出されている。
これは歩いて過ごすよりは、冷たいものでも飲んでゆっくり眺めよう!
ふと見渡すと朝早いのでカフェはまだ空いていて、ヨーロッパの観光客はビールを頼んでいる。


母はアイス・コーヒーを注文 

世界一美しいと言われている意味がよく分かる。今までみた広場の中では一番優雅でエレガントな感じがする。

しかし、ほんの40分位過ぎてくると人が増えてきて、そろそろ大聖堂に移動した方がいいかな、、という感じ。


旅行 : 12:22 : comments (x) : trackback (x)
フィレンツェ&トスカーナ⑤トスカーナへ移動

La
9月、10月のフィレンツェは観光シーズンだそう。町の人も戻ってきているけれど、観光客の数も多い。
この先のポンテベッキオには人がどっと溢れている。
これだけ人が多いと、歩くときにもぶつからないように気を遣うため、渋谷を歩いているような気分にもなる。
午前中の早い時間帯は割と空いているのだけれど、12時過ぎると人が増えてくるように思う。


これから、トスカーナに向けて出発予定。
モンタルチーノからほど近いPariという場所に車で移動する。
16時に車がホテルまで迎えにくることになっているので、ホテルのカフェでレモンソーダを飲んで待つことに。

ローマ門を抜けて、街道に出る。
キヤンティを抜けてずっと進むこと2時間、今夜から泊まるホテルに到着
辺りは箱根の山の中にいるような静けさがある。


ホテルのテラスに出てみると、ずっと広がった景色が目の前に飛び込んでくる。
トスカーナの地方にしては珍しく新しい建物のリゾートホテルである。
「ペトリオーロ・スパ&リゾート」

実はこの地域は、箱根同様に温泉が出る。
だから少し下って渓谷まで降りると露天温泉があるようだ。
もちろん、ホテルにも温泉が引かれていてスパリゾートになっている。


ロビー


お部屋は広いし眺めも良い。着替えて1時間ほどゆっくりと過ごす


ホテルのダイニングは美味しいオッケー
フィレンツェのトラットリアとは違う薄味で身体に優しい食後感がある。
これはアミューズ:先付けの一品。カレー風味なチキン。


レストランの窓からは、形のきれいなふっくらした金色に輝くお月様がよく見えます。
周りにネオンとか照明がない山中の漆黒の夜なので、余計にきれいに見えるのだと思います。
母と二人また「きれいね~」と言いながら、月を眺めてお食事。
しかし、レストランにいる旅行客は誰一人として月を眺めたり話題にしている人はいません。
アジア人旅行客はいないし、やはり月見するのって日本人だけなのだろうか。
韓国人も見るような気がするけれど。

せっかくトスカーナに来ているだから、やっぱりワインを飲みたい。
2種類のワインをテイスティングしようと思っていたら、思わぬハプニングで1種類増えてしまった。


これは地元モンタルチーノのLe Poderina Rosso di Montalcino 100%サンジョベーゼ ルビーのような色で果実味が強く少し樽の香りがする。


トレンティーノ・アルトアディジェ州のRiserva Mazonの100%ピノノワール
オーストラリアに隣接した北イタリアの地方のワインです。
ベリー系の甘い香りがして華やか。
この地域は白ワインが有名、以前ゲビュルツ・トラミネールを飲んだけれどくちなしの香りがして美味しかった記憶が蘇る。


こちらのワインを実は隣のテーブルに座る一人旅の女性からご馳走して貰ったもの
トスカーナのFabula Monteregio
サンジョベーゼ100% スミレの花の匂いがありサンジョベーゼらしい味わい、飲みやすくて美味しい。

お裾分けしてくれたのは、スイスのジュネーブで働いているロシア人女性で、とにかく仕事のストレスを解放するためにこのリゾートを選んだそう。
昨晩までは食事もお部屋で食べていたけれど今晩はダイニングに来てみたらしい。
人がいっぱいいるところは疲れるので行きたくないし、のんびりスパに行って、毎日エステを受けてリフレッシュしているそう。
時々こうやって休暇を取って、疲れを癒やしているそう。
「スパのメニューではねぇ、アンチエイジングのフェイシャルトリートメントが最高だったわ。翌朝、お顔がなんて言うかぱっと若返った感じ。お薦めよ~」と教えてくれる。
彼女からマッサージの上手な女性の名前を教えて貰ったが、私の時にもたまたま彼女が担当だった。
私はアロマオイルを使ったボディ・マッサージを受けたが、力強くて確かにうまい。

ローマ在住の友人キヤロラインの話しによれば、最近こうやってスパに通ってマッサージを受けるイタリア人が増えているそう。
仕事のストレスをマッサージで癒やすというのは都会で働くイタリア人の間ではちょっとした流行になっているそうです。

ふ~ん、なるほどね~、でも日本の旅館やアジアのスパの方が、こちらの4つ★ホテルよりもずっといいサービスしてくれるな~と、サービス先進国日本から来た私は思うのでした。


赤ワインと一緒に食べたのは、もちろん地元キアナ牛のステーキ
お肉本当に美味しくて、柔らかい。
ホテルのダイニングは典型的なトスカーナ料理とは違い、ひねりを効かし洗練されたお料理が毎回出てくる。
またパスタもお肉もポーションを小さく出して貰っているので、最後まできちんと完食。
給仕の黒服の男性が、細かく要望を聴いてくれるので、サービスの厚みを感じる。
このホテルの中で最もホスピタリティの心と技術を持っていたのは、この黒服の男性マネジャー?でした。
あとのレストランのスタッフは地元採用???とっても緊張してまじめに働いてました。
本当にまじめな感じで、一生懸命サービスを憶えることに必死な雰囲気が伝わってきます。
がんばってねと一声かけたくなるきまじめさで、微笑みません。
プライドを持ってけっして笑ってはいけないと言われているのかもしれません。

さて、今晩は静かな渓谷でぐっすりと眠ることになりました。


旅行 : 01:01 : comments (x) : trackback (x)
フィレンツェ&トスカーナの旅④中央市場~プロカッチで休憩


メディチ礼拝堂、サンロレンツォ教会の通りには、市場があり、道にテントを張って沢山のお店がところ狭しとばかりに商品を並べています。
見ているとなかなかしっかり作られたバッグなどが80€くらいで売られていて、眺めながら歩くのも楽しい感じです。

市場で人がごった返す中を、メディチ家の礼拝堂を出て3分ほど歩くと、「中央市場」があります。
ここの建物には、野菜、ハム、果物、チーズなどの食料品店と、食堂がびっちりと入っています。
ここの商品は、普通のお店で売られているものよりももちろん割安。

見ていると旅行客も足を止めて飲み物を飲んだり、パニーニを食べていたりします。


ハムとチーズのお店、清潔でクリーンな感じ。おじさんが店員さんとのんびり会話しながら、ハムを買ってましたが、私を振り返ると「僕は彼の父親なんだよ、よく買いに来るんだ」と言ってました。
たぶん、家業なんでしょうね。

建物の2階は、通常青果を扱っているようなのですが、改修工事が入っているようで、多くのお店は建物の外側に出て、テントを張って開店していました。


とっても快活でテンポよくお薦めするお姉さんがいる青果とオイル、ワインを売るお店。
毎回「アローラ」と一声入れてから、テンポよくハスキーな声でお店の商品をちゃっちゃと押しつけることなくお薦めしてくれます。
ちなみにアローラとは、日本語だと「さぁさぁ、それじゃ」なみたいな言葉のようですが、接客上手のドンナはどこのお店でも、み~んなこの言葉を多用していました。
説明しながら、収穫されたばかりのいちぢくをさっとむいて、無料で食べさせてくれるタイミングも抜群、商売上手です。
ここで買ったオリーブオイルやワインなどは、ヤマトの宅急便などで日本に送ってくれるそう。ワインは1ダース送って確か90€でした。


ここのお店ではこんな風に乾燥したポルチーニやチェリートマトが売られています。
ポルチーニは、このまま水で戻さずにフライパンでパスタと一緒にオリーブオイルで炒めればOKだそう。へぇ~むむっ
このまま袋にバサっと入れて真空パックの状態にしてくれます。


あった、お目当ての黒トリュフのペースト。通常のショップよりもやっぱりお得な値段。
ハチミツとブレンドしたものなど色々あります。

さて、市場で果物やトリュフの瓶詰め、トマトやポルチーニを購入したので、お目当ての「プロカッチ」に行き休憩しようと。コーヒー
このお店はトルナヴォーニ通りに面していて、「中央市場」から歩いて10分位の場所にあります。
先ほどのメディチの礼拝堂の通りを抜けて、近くのバールでお兄さんに道を聞いて確認して目的地へ。


「プロカッチ」は1885年の老舗のバールで、日本人女性のスタッフがいました。
フィレンツェのお店には案外日本人女性の姿が目立ちます。フィレンツェに恋してそのまま住み着いちゃった人って多いのではないかと想像。


ここのお店は小型のパニーノが有名なようですが、特にこのトリュフクリームを挟んだパニーノは秀逸。ハート
自宅用に黒トリュフのペーストを購入したので、家でも作ってみよう!
それとここのグラスのシャンパン、とっても美味しかったです。
12時前からトリュフクリームのパニーノとシャンパン、あ~幸せを感じる、、、。


ちなみに、トリュフがあまり好きではない母は、ケーキを選ぶ。
甘さがやや控えめな感じで美味しい。


隣に座った地元の女性の食事を見ると、ガス入りのお水と白ワイン、それにプロシュートとパンの組み合わせ。
トスカーナのパンて、塩を使っていないのですっごく無味なんだけれど、塩気の強いプロシュートと食べると美味しいんです。
トスカーナの料理はおしなべて塩味が強いお店が多いのですが、パンに塩を使っていないせいなのでは、、、とも思います。
日本人がご飯炊くときにお水だけで炊くのと同じなのかもしれません。

さて、プロカッチで休憩した後、トルナヴォーニ通りに出て歩いていると、すごくステンドグラスがきれいな建物を発見ねこ

ピンク色と黄色が可愛いステンドグラスに思わず写真撮影。


その後、家庭料理の「マリオーネ」でお昼を食べる。
知り合いから推薦されたジェノベーゼのパスタを注文すると、デンとテーブルに荒っぽく大きな一皿が置かれた。
母はそのデンという置き方にびっくり。
ジェノベーゼの濃厚ソースがたっぷりと絡められたパスタは、一人では食べきれる量ではない!!!!
写真ではわかりにくいのですが、パスタの幅が広く、実際の目の前に出てきたパスタは2人前はあるような感じです。
すでにトマトのサラダなどを食べていた私の胃には入らない。(まぁその前に食べたパニーノも効いてますけどね)

この体験以降、私は全てのお店で「ハーフ・ポーション(半分の量)」で注文することを慣行することになります。
一度に一つのものを沢山食べるより、複数のものを少量づつ食べることに胃が慣れているので、どうしても前菜に一皿+パスタもしくはお肉ドカ~ンというスタイルに慣れませんでした。

旅行 : 09:34 : comments (x) : trackback (x)
フィレンツェ&トスカーナの旅③メディチ家の礼拝堂

「リカルディ宮」を出て、再び「サンロレンツォ教会」の方角に戻り、その裏にある「メディチ家の礼拝堂」へ向かう。

ちなみにこの写真は、サンロレンツォ教会の内部。

「メディチ家の礼拝堂では」入り口で一人6€を払う。
「リカルディ宮」では一人7€だったけれど、母の年を聴かれて無料になったので、一応「メディチ家の礼拝堂」でも確認してみたが、こちらはフィレンツェ在住でないと高齢者特典はないらしい。

この礼拝堂は「サンロレンツォ教会」の後ろに繋がって建てられている。
右側が「君主の礼拝堂」、左側が「新聖具室」。


歴代のトスカーナ大公の墓所となっていて、8角形の礼拝堂は床も壁も大理石や高価な貴石がふんだんに使われていてとっても豪華。
豪華といっても、墓所ということで使われている石は茶を中心とした大理石で渋く重厚な感じです。
この礼拝堂も外側からは分からないけれど、内部に入ると空間の広さとその贅沢さに圧倒されてしまう。
老コジモの時代に計画され、建築がスタートしたのはその次男フェルディナンド1世の時代から。
多量の石を使ったので、「貴石加工所」がこの時代に創られます。

フィレンツェのこういった名所や館を訪れていると、様々な色の大理石の美しさもさることながら、ラピスラズリなどびっくりするくらいの分量を使って飾られた壁や家具、壺などの装飾の贅沢さに驚いてしまう。ピッティ宮でも信じられないほど細やかで精緻な貴石を使ったモザイクのテーブルなどを数多くみたが、一つづつじっと目をこらして眺めていると時間が足りなくなってしまう。


ずっと上を見上げていくと、クーポラに細やかに書き込まれた天井画と八角形の形に従って配置された窓が見える。
この天井画はピエトロ・ベンベヌーティの19世紀の作品。
この八角形の形に従って建物内部の柱も全てデザインされている。


柱の基盤に入っている「フィレンツェの紋章」。柱には16都市の紋章が入っています。
色調を落とした渋い大理石の中、この紋章には華やかな色の、ラピスラズリ、アラバスタ-、珊瑚、真珠などが使われています。
大公棺の下に16都市の紋章を位置することで、大公の支配を表しているそうです。


この霊廟の隣の部屋「新聖具室」に行くと、そこにはミケランジェロの彫刻が並んでいる。
この写真の一番左がロレンツォ・イルマニーフィコ。

イルマニーフィコとは日本語では「豪華王」とか「偉大なる」と訳されているけれど、ロレンツォはメディチ家が築いた莫大な富をもとに、多くの芸術家達を支援した人。メディチはロレンツォの祖父となる老コジモの時代から富を築いてメディチ家の基盤が固まり、フィレンツェにおける芸術の支援・振興を行っている。
そしてロレンツォの時代にさらに華やかにルネッサンス芸術が華開いていくことになりますが、ご本人はこの像をみても分かるとおり、あまり美男ではないのです。他の彫刻の写真やデスマスクをみてもやっぱりごつい顔でロマンチックな容姿ではありません。ですから「リカルディ宮」のゴッツォリ作の若い頃のロレンツォの姿は、かなり美化されている、、、と感じてしまいます。説明されなければ、想像できてもロレンツォとは分からないと思ってしまいます。
でもロレンツォ・イルマニーフィコはその名に恥じない、歴史を動かす力を持った人物で、彼の人柄をベースにした外交手腕(富もありますし)と強烈な運の強さ無くして、フィレンツェは当時の数多くの都市国家の中で栄華を放ち、影響力をふるうことは出来なかったと思います。そしてそういう孫を育てた老コジモの教育も素晴らしかったのではないでしょうか。塩野七海さんの本など読んでいると、ロレンツォは若い頃から外国の王と謁見するような場への同行を許されて、諸国の王や力のある人たちとの社交や交渉を現場で学びます。まさにエリート教育。
しかしながら、ニコロ・マキヤベリが危機感を感じ強く自軍を持つよう提唱していたように、自軍を持たなかったフィレンツェは、フランスなど諸外国の庇護を受けなければならず、強運に恵まれ外交手腕を発揮したロレンツォの死後は、都市国家としての国家運営はだんだんと先細り的になっていきます。
一人の秀でた才能ある君主の能力によって、国家運営がぐらつくようでは宜しくないのですが、商業的には成功しても国家として機能し続けるシステム(特に安全保障に関するもの)がフィレンツェには欠けていたのですね。
マキヤベリがプリンチペ、「君主論」を書いたのは、そんな時代のフィレンツェで、官僚という仕事柄、諸外国に出向き、他国の王や人々、商人達と話してフィレンツェを外側から見ることの出来た彼は、いつでもすぐに自衛できる自軍を持たず、だんだんと先細りになる優柔不断で決断力のないフィレンツェを案じ、きっと歯がゆかったのでしょうねぇ。だから、冷徹でワンマン、自軍を率いて戦うチェーザレ・ボルジアに理想の君主の姿を見たのだと思います。


ミケランジェロ作のネムール公ジュリアーノ・デ・メディチの墓碑「昼と夜」


ミケランジェロ作のウルビーノ公ロレンツォ・デ・ミディチの墓碑「曙と黄昏」
亡命中に亡くなった当時のメディチ家の当主。

しかし、なぜミケランジェロがロレンツォ・イルマニーフィコや老コジモではなく、わざわざネムール公やウルビーノ公を彫ったのだろう?と思いますが、政治的な意図があったようです。
時の教皇クレメンテ7世が、彼ら二人の少年を社会的に後押ししたためと言われています。


旅行 : 07:24 : comments (x) : trackback (x)
フィレンツェ&トスカーナの旅②サンロレンツォ教会からリカルディ宮へ


朝、ホテルを出てレ・プッブリカ広場を抜けて「サンロレンツォ教会」まで歩く。
ここは歴代メディチ家の菩提寺である。目立つことを避けたメディチ家だが、ドナテッロ、ブルネルスキ、ミケランジェロなどの芸術家を起用している。簡素な石積みの外部に反して内部の意匠は見事。


「サンロレンツォ教会」の後は、今日のお目当ての一つ、「メディチ・リカルディ宮」へ。
メディチ家の人々が暮らした場所である。
1444年にコジモ・デ・メディチの依頼でミケロッツォが設計、ほぼ正方形のプラン。その後16世紀後半にリッカルディ家が所有し、現在のカブール通りに面した部分が大きく延長された。
フィレンツェの市民感情を刺激しないよう、1階は城塞のように粗々しい石組みとなっているけれど上の階は滑らかな外観を持っている。


内部に上がって2階に行くと、ゴッツォリ作の「ベツレヘムに向かう東方の3賢王」の見事なフレスコ画が、礼拝堂の三方に描かれている。
フレスコ画がとても良い状態で残っていて、実在の人物が描かれているので興味深く眺めてしまった。
中央の若い王様の後ろに続くのがメディチ家のメンバーです。
後方の茶色のロバに乗っているのが「大コジモ」、その右隣で白い馬に乗っているのが息子の「通風持ちのピエロ」(ロレンツォ・イルマニーフィコの父)。

描かれた豪華な行列の中央の若い王様が、美化された少年時代のロレンツォ・イルマニーフィコです。
残された肖像画や彫刻とかなり違うので相当美化されて描かれたものと感じます。


フィレンツェの美しい館を見ていて思うのは、シャンデリアのこの美しさ。
美をどこまでも追求しようというあくなき姿勢を感じてしまいます。


ルカ・ジョルダーノのギャラリー、華麗で見事な天井画と装飾、そこにフィリップスタルクのモダン家具の椅子が並べられしっくりと調和しているが印象的。


この天井画の淡いブルーの色調の美しさ。


フィリッポ・リッピ作の「聖母子」


「四季の部屋」会議場として使われているようです。


中央には中庭があり、レモンの木などが植えられています。


近づいて見ると、緑色してますがレモンがちゃんとなっています。


中庭の石畳もきれいにメディチ家の家紋がデザインされて、敷かれています。


これがメディチ家の家紋の画像です。丸い玉のようなデザインは「丸薬」もしくは「お金」を示しているということです。
メディチ家はルネッサンスの時代、金融業で莫大な富を築きますが、もともと薬屋としてもお金を稼いでいた?
そういえば、昔、英語のメディスン(薬)はメディチという語源から来ていると聞いたことがあります。



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