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2010-08-21 Sat
この間、豪華な結婚式をあげたばかりの市川海老蔵の歌舞伎
「義経千本桜」を母、姉、私の三人で観にいってきました。
今回はヨーロッパの凱旋公演なので、きっと美術も演出も華やかだろうと想定。
かなり数日前からワクワクしてしまった。
新橋演舞場へ行くのは初めてなので、
会場に入るなり物珍しくてしばらく周囲を見渡していると、
隣に座った姉が、私達から離れて前3列目の席に座っている母がキョロキョロしているのを見て、
"お母さんとフミちゃんて、そういうところよく似ているよね。二人とも新しいところに行くと必ずキョロキョロしている"
とつぶやいた。
その言葉を聴いて、う~んと思ってしまった。
このキョロキョロ癖は、自分でも抑えようと思うときがある。
例えば誰かとレストランで食事をしていて話しをしている時など、
興味をそそられる人や光景が見えると、ついつい目がそちらに行ってしまう。
とはいえ、目は違うところに行ってはいても、私はきちんと相手の話しを聴いている。
視線を移しつつチラっとまた相手の顔に戻す、そしてまた違うところを思わず見てしまう。
これを繰り返すので、一緒にいる相手は落ち着かないし気になるのであろう、相手も思わず私の視線の先に何があるのだろうといぶかしむように、視線の先を振り向くときがある。
そうして、私はようやく、"またやっちゃった"と気づいて、反省。
しかし76歳になる母がまだ現役でキョロキョロならば、娘の私のキョロキョロ癖が今すぐ治るわけはない。
さて、そのキョロキョロしている先には、2階席と3階席の手すりのところから下げられている"ちょうちん"がある。
ちょうちんの「紋」が一体何を示しているのか、気になってしまうのだ。
歌舞伎座の紋は「鳳凰」なので、多分新橋演舞場の座紋なのだと思う。
なので、姉にキョロキョロの言い訳するように
「あのちょうちんの模様が何なのかなぁと思って、見てたのよ」
「あれは紋よ」
「紋だってことは分かるけど、何を表しているのかなぁと思って」
などと、話していたら隣の席のおばあさんが親切に
「あれは、雪月花ですよ」と教えて下さった。
雪月花だったのか、なるほど
知ってどうなるものではないのかもしれないが、私はそういうことが気になる。
おみやげ売り場を覗くと、ちゃんと座紋の雪月花の入ったお菓子が売っていた。
さて、いよいよ開幕。
私が以前義経千本桜を観たのは大分前で、そのときには猿之助が佐藤忠信役をやっていた。
あの頃は演出が異色なので、スーパー歌舞伎なんて言われていた。
今でも最後の宙づりのシーンは、はっきりと思い出せる。
舞台にある伏見稲荷の鳥居前で、
中村勘太郎演じる"源の義経"が、七之助演じる恋人"静御前"に大事な「初音の鼓」を渡して都に残るように諭し、逃亡の旅に出る。
しばらくすると、敗走の義経をとらえようと、早見藤太らがドヤドヤとあらわれ、鳥居前にいる静御前を発見、ここぞ手柄とばかりに引っ立てようともくろむ。
そこへ、義経の家臣"佐藤忠信"(実は狐が化けたもの)が花道から足音高くダンダンダンと登場。
"海老蔵"演じる狐忠信のご登場!
狐六法の引っ込みも勇ましく、"待ってました!"
キャー、すごい!!!!
ものすごい存在感と目力
場のエネルギーを掻き立てるパワフルな所作に、嬉しくなって大拍手。
すごい~メチャクチャ楽しい!!と盛り上がる。
そして、狐忠信は、狐の妖術もつかって早見藤太らをエイヤとやっつけ、一派を追い散らす
そして場面は満開の桜で覆われた吉野山、さらに義経が匿われている川連法眼の館へと移っていく。
佐藤忠信に化けていた狐もついに正体を現すが、ここで隠されていた事実が解明されることになる。
義経が静御前に与えた「初音の鼓」は、実は狐忠信の両親の皮であったこと。
そして、狐は殺された父と母を慕う気持ちのあまり、その鼓を追い、ここまできてしまったこと。
姿を変えても父母の一部である鼓を手にすると、涙を流さんばかりに歓喜し戯れる狐こと海老蔵(その姿が可愛くまた哀れ)
しかし、全てが明るみに出た今、その思慕の情を断ち切らなくてはと、鼓をおいて、その場を行きつ戻りつを繰り返し、鼓を置いて立ち去ろうとする狐。
その人と変わらず親を想う気持ちを悲しく哀れに演じる孤独な狐に、見ているこららの目頭もじ~んと熱くなってきてしまう。
最後は、獣であっても情愛の深さは人と同じと、心を動かされた義経が、大事な鼓を狐に与える。
そうして狐こと海老蔵が、全身でその喜びを表現し、鼓を持って高く舞い上がり、天に昇っていくかのように宙づりの状態で退場していく
そして大量の桜の花吹雪がハラハラヒラヒラと会場に舞う。
その心から嬉しそうに喜んでいる姿に、ありえないでしょ...と思いながらも涙がジワ~。
めまぐるしく変わる場面
物語は様々に絡み合い、愛や惨劇もふんだん
人のおかしさ、情愛の切なさ、惨劇などが、様々な感情となって色濃く熱波のようにズ~んと響いてくる。
そして、過剰なほどに装飾をこらしたメイクや華やかな衣装などの芸術様式を持つ歌舞伎は、バロック芸術のよう。
見ていると何かしら華美で贅沢な気分になる。
海老蔵のその気合のこもった歌舞伎を見て何だかとっても元気になってしまった。
だんだん関係性も思いも希薄になりつつあるように思える社会を、補完し補ってくれるようにも思う。
大満足でございました。
その夜は、神宮外苑の花火もポーンと上がって
夏の夜空を更に華やかに演出していたのがまた嬉し。
by bandoh
イベント、観劇 : 09:50 : comments (x) : trackback (x)